「師弟百景」井上理津子氏
「師弟百景」井上理津子氏
「職人の親方というのは頑固な人たちで、弟子に“習うより慣れよ”とか“親方の背中を見て覚えよ”とか、古くさい──。職人の世界とはそんなイメージではないでしょうか。実は私もそうでした。ところが、取材してみると、なんのなんの……。ずいぶんアップデートされていました」
庭師、仏師、刀匠、左官、宮大工、茅葺き職人、江戸小紋染職人、江戸木版画彫師……。著者は、16組の師弟を仕事の現場に訪ねる。それぞれどんな職で、どれほど奥深い手仕事か。職能に分け入りつつ、技術や伝統の親方から弟子への受け継がれ方を探ったのが本書だ。取材先は、血縁以外にも門戸を開いている親方のところに限った。
■「アド街ック天国」を見て弟子入り
「弟子入りのきっかけからして今風なケースが結構ありました。刀匠の弟子は、テレビ『アド街ック天国』で作業場が映っているのを見て、かっこいいからと18歳で親方の門を叩きました。庭師の弟子は、勤めていた花卉販売会社での必要性から庭の雑誌をめくっていたら、1人の作庭家の仕事に目がクギ付けになったので、26歳でその作庭家に『弟子とってませんか』と電話したそうです」
ふと興味のスイッチが入り、100%自分の意思でその世界に飛び込む。そこで待っているのは、親方側の「きちんと教えたい」という歓迎の姿勢。双方共に、“今風”に変わっているのだ。
刀をつくるための鍛冶の修業は「炭切り3年、向こう鎚5年、沸かし一生」と言われるが、師匠は、自分の手技を見せると共に「仕事はやったもん勝ちだよ。やってみて覚えろ」と促した。庭師の師匠は、弟子にまず植木畑での「地掘り」の作業をさせるが、「木を見て、根の状態が分かるように」と目的を伝える。
「“背中を見て覚えよ”から、“背中も見せるが、口でも教える”に変わってきているんです。もちろん掃除や下働きは新人の仕事ですが、その下働きの大切さをしっかり伝える。親方の多くは、昔、自分が徒弟制で鍛えられた。その時の理不尽な体験を反面教師にしているのかもしれません」
その象徴が、茅葺き職人の親方の「惜しみなく言葉で教えます」という言葉だ。背中を見て、自分で理解していく方が深く分かるようになるだろうが、時間がない。弟子入りは15歳が理想なのに、この頃は高校卒業どころか大学院卒や社会人経験者まで来る。「やりたい」と目を輝かす子たちを断らず、丁寧に教えると。
「どの親方にも共通しているのは、技術や伝統をなんとかして次世代につなぎたいという熱意です。マニュアル世代だったはずの弟子も、その熱意を全身で感じ、少しずつ手仕事ができるようになっていく喜びをリアルに感じながら上達していく。リモートワークと対極の関係性です。(親方の手元を)写真やビデオで撮りまくるという、技術習得方法が始まっているのも、時代の進化だなと思いました」
年齢が1歳違いの靴職人の師弟や、半数の弟子が女性という江戸小紋染の仕事も紹介される。職人仕事には、“好きなことを極める”“会社員にならずに生きる”という要素が詰まっている。
「進路に迷っている若者にも、読んでほしいですね」
(辰巳出版 1760円)
▽井上理津子(いのうえ・りつこ) 1955年、奈良県生まれ。ノンフィクションライター。「さいごの色街 飛田」「葬送の仕事師たち」「絶滅危惧 個人商店」など著書多数。