「お金の賢い減らし方」大江英樹氏
「お金の賢い減らし方」大江英樹著
「年代別の金融資産保有額を見ると、70代が1500万円(日銀金融広報中央委員会の調査)と、ほかの年代に比べてダントツの多さです。その背景にあるのは老後に対する過剰なまでの不安で、引退後も節約に励んでいるんですね。しかし、このお金を元気なうちに使っていれば、どれほど幸せな人生が送れるかも考えてみて欲しい。お金に関する誤った認識や不安を払拭し、豊かに生きるためにもっとお金を使おう、と提案するために執筆しました」
中高年にとっては「老後2000万円問題」があり、お金を減らすなど言語道断と思うかもしれない。
しかし著者は、これが単なる作り話であると、ズバリ言う。
「“老後資金は2000万円が必要”という話は、平均貯蓄額が2500万円のモデル世帯を例に計算された金融庁の報告書が出どころで、実際には蓄えを取り崩しながら使っているから支出が多くなっているだけのこと。貯金がゼロでも、年金の範囲内で生活すればいいだけの話です。現に65歳以上の夫婦世帯の約6割で、年金が収入の8割以上を占めています」
未知の老後は誰にとっても不安だが、その不安は自身の収支を“見える化”していないことも原因だ。
「私は各地で講演をしていますが、老後のお金の不安について尋ねると多くが手を挙げるのに、毎月の収支や今後受け取れる年金額を知っているかの問いにはほとんどの人が手を挙げません。これでは訳の分からない不安にとらわれているだけ、と言っても過言ではありません」
実は著者自身、家庭の事情で定年時の貯金額は150万円ほどだった。しかし、収支予測を見える化し、老後資金を「お金の使いみち」と「出どころ」で考えることで不安は払拭されたという。
「日常生活費には、決まった額が終身で支給される公的年金をあてることです。厚労省のモデル年金額は妻がずっと無職だったサラリーマン家庭で月額約22万円。食費、光熱費などの生活費は十分可能です。次に旅行や習いごとなどに使う自己実現費は、定年後もアルバイトなどで稼ぐ。楽しむための費用なので月5万円程度でも十分です。そして医療費や介護施設費など、どれだけ発生するか分からない不確実な費用には退職金や金融資産を取っておいてあてる。私もこの3分法で十分にやっていけています」
お金に対する呪縛が解けたら、人生を豊かにするための使いみちを考えてみよう。本書では、旅や体験、寄付や投資など、有効にお金を使ってこそ得られる無形資産について述べている。
「私にとっては旅こそが、誰にも奪われない思い出や学びや、人との出会いなどの無形資産を得る機会となっています。寄付や投資で社会にお金を回し、人脈や感謝を得るというのも豊かな使い方でしょう。自分が価値を認めているなら、どんなお金の使い方をしても無駄にはなりません」
日本人の“お金感”に一石を投じる本書。高齢になり健康が損なわれれば、お金の使いみちも狭まり、その価値は低下していく。ならば、価値の下がらないうちに使ってしまうのは合理的な考え方かもしれない。 (光文社 924円)
▽大江英樹(おおえ・ひでき) 1952年大阪府生まれ。経済コラムニスト。大手証券会社に定年まで勤務したのち独立。資産運用やライフプランニングなどに関する講演や執筆活動を行う。「知らないと損する年金の真実」「経済とおかねの超基本1年生」など著書多数。