太るタイプの2型糖尿病は薬で“治る”時代へ… 専門医に聞いた

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空腹感を弱め、満腹感を高める

 ──どのような仕組みでそのようなことが起きるのですか?

食事を取るとインスリンの分泌を促すインクレチンと呼ばれるホルモンが小腸から出ます。その代表がGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)とGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)です。GLP-1は空腹時は働かず、食事をしたときにのみ、つまり血糖が高い場合にのみ、働きます。具体的には胃などで消化された食べ物が近づくとそれを察知して消化管の細胞表面から分泌されて膵臓のβ細胞の表面にある受容体と結合。膵臓からインスリン分泌を促し、血糖値を下げるのです。同時に膵臓のα細胞から、血糖値を上げるグルカゴンの分泌を抑制します。二重の意味で血糖値を下げるのです。しかもGLP-1受容体は体の至るところにあり、単に血糖を下げるだけでなく、膵β細胞の増殖、肝臓での糖新生の抑制、胃からの排泄抑制、中枢性食欲抑制などの働きを行うことがわかっています。GIPはそれを補完します。チルゼパチドは世界で初めてひとつの化合物でGLP-1、GIPという2つのホルモンの作用を発揮し、糖尿病の患者さんにより多くのメリットを提供する注射薬なのです」

 ──それ以前にも、ゲームチェンジャーと呼ぶべき薬はあったのでしょうか?

「注射薬のセマグルチド(商品名:オゼンピック(R))がそれにあたります。日本では2020年6月に発売されました。GLP-1受容体にのみ作動する注射薬ですが、血糖値が改善してやせる人が続出しました。チルゼパチドは発売して間がなく、欧米で大人気となり品薄状態に。日本では入手困難な状況が続いています。その意味では現時点の日本のゲームチェンジャーはセマグルチドかもしれません。セマグルチドには、飲み薬(商品名:リベルサス(R))もあります。飲み薬は薬の飲み方に少し工夫が必要(絶食時に少ない水で服用し、30分間何も食べずに待つ)ですが、注射が嫌な人には人気です。ちなみにチルゼパチドとセマグルチドの違いは体重減の幅です。チルゼパチドは高用量であればあるほど体重減が大きくなるとされています。その点はセマグルチドも同様で現在より高用量の製品が高度肥満者を対象として先日認可されました」

 ──それ以前のGLP-1受容体作動薬とは何が違うのですか?

「日本で最初のGLP-1受容体作動薬は2010年発売の注射薬リラグルチド(商品名:ビクトーザ(R))です。1日1回使用でした。2015年には同じく注射薬のデュラグルチド(商品名:トルリシティ(R))が発売されました。こちらは週1回の使用で、注射針が装着された使い捨てタイプです。同じ注射でもインスリンに抵抗感があり適応のある人は、デュラグルチドに乗り換えた。そのことで一気にGLP-1受容体作動薬人気に火がついたのです。いずれも血糖値だけでなく体重減も実現しましたが、体重の減りはそれほど大きくはありませんでした」

■糖尿病のない人と同じ「寿命」「生活の質」の実現が可能に

 ──体重が下がらなくても血糖値が下がれば同じではないのですか?

「一般の人のなかには糖尿病治療の目的はHbA1cを下げることだと思っている人も多いでしょう。それはある意味正しい。糖尿病治療の目的は血糖コントロールを介して合併症を防ぐことであり、とくに細小血管症(網膜症・腎症・神経障害)、動脈硬化性疾患(虚血性心疾患・脳血管障害・末梢動脈疾患)の発症・進展を阻止することです。それを実現するため、さまざまな研究結果からHbA1c7%未満が治療目標となっています。しかし、それは糖尿病治療の目標のひとつに過ぎません。真の目標は糖尿病のない人と変わらない寿命と日常生活の質(QOL)を実現することです。ですからHbA1cが6%台になっても脂肪肝や中性脂肪、高血圧などが解消されなければ真の目標達成にはなりません。最近発売されたGLP-1受容体作動注射薬は体重減により、真の目標を達成する可能性があるのです」

 ──新たな薬の登場で糖尿病治療は具体的にどう変わりましたか?

「BMI30以上の30代の女性の2型糖尿病患者Aさんは2種類の薬でもHbA1cが8%を切れませんでした。しかし、経口セマグルチドの追加でHbA1cが5%台となり、体重も10キロ減に。血液検査もすべて正常になり、Aさんはセマグルチド以外の薬はやめました。糖尿病治療の目的は合併症を防ぐことです。血糖値と体重が健康な状態に戻れば、合併症のリスクはほぼなくなる。Aさんは薬の使用という一点を除けば、健康な人と同じような状態になったのです。薬をやめれば、病的な血糖値と体重に戻る可能性が高い。しかし、いったん、薬で患者さんが成功体験を得れば自信がつき、食事制限や運動に意欲的になり、治療を継続します。結果、インスリンが必要だった人が飲み薬だけになったり、薬の量や種類が減ったり、薬が不必要になるケースが増えています」

 ──GLP-1受容体作動薬はなぜやせるのですか? 仕組みを教えてください。

「まず、脳の中枢に作用して食欲を抑制するので空腹感が弱くなります。だからといって一日中食欲がないわけではありません。チルゼパチドにせよ、セマグルチドにせよ、食事時間になると食べたくなります。しかし、胃からの排泄を抑制する働きもあるので、食べ物の消化時間が長くなり、少量の食事でも満腹感を得られるようになります。これまでも食欲を抑えるといわれる薬はありましたが、効き目が感じられず、患者さんはうつ気味になることが多かった。ですから、GLP-1受容体作動の注射薬を使う前は、“悲しい、つらい気持ちで食欲が落ちてやせて、血糖値が下がっても患者さんの生活の質が上がったことにはならないのではないか”と少し心配していました。しかし、実際はまったく違いました。患者さんは『空腹感は多少維持されており、満腹感が高まった結果、やせるし、血糖値も良くなるし、(診察で)先生に褒められるし、最高』との喜びの声が聞こえてくるのです。GLP-1受容体に作動する注射薬は、まさに糖尿病の治療のブレークスルーとなる薬だと思っています」

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