西武・小野和義氏 集団生活で世間のルールやマナー学んだ
「オレにとってはいい思い出だけど……」
こう話すのは昨季まで一軍投手コーチを務めた小野和義編成グループプロ担当(54)。創価高(東京)から1983年のドラフト1位で近鉄に入団、1年目のキャンプに関してだ。
「今とは違って、昔はクリーニングはユニホームだけ。アンダーシャツなどの他の衣類は先輩たちの分も洗濯して、きちんとたたまなきゃいけなかった。スパイクの手入れもしたなあ。今はさ、ちょっと汚れたとかで捨てる選手がいるけど、昔はよく磨かされたし、またそれが当然だと思ってた。メーカーの担当者からスパイクのひもを大量にもらってね。ひもだけ外して奇麗に洗って、切れそうなのは交換する。だからひもがたくさん必要ってわけだ」
宿舎の部屋割りも、現代のプロ野球とは大きく異なる。
「若手はタコ部屋だよ。4人部屋だったかな。一軍のレギュラーでも2人部屋は当たり前。ひとり部屋? エース級くらいだったなあ」
それでも小野コーチは当時をヒドい時代だったとは思っていない。