西武・平良は「柔軟さ」と「力強さ」を併せ持つ希有な選手
野球が盛んな沖縄県石垣島出身で、少年時代は野球と釣りに没頭。父の克次さんも、「ゲームなどには興味がなく、誕生日に何が欲しい? と聞くと『釣り竿!』。小遣いもほとんど釣り用具に費やしていたほどです。釣りをしていると時間を忘れるのか、夜中まで家に帰ってこない日もあったほどです」と話す。
中学時代は硬式の名門、八重山ポニーズに所属。当初は捕手だったが、パスボールをしても知らんぷり。「あれは投手の暴投」と言わんばかりの態度を露骨に出し、指導者に注意されたことも一度や二度ではなかった。
■オリ宮城やソフト東浜と同じ印象
八重山商工では投手兼外野手として、高校通算20本以上の本塁打も打っている。
「八重山商工の末吉監督(当時)も『一体どこで覚えてきたのか、何でもできる』と舌を巻いていたほどです。これも末吉監督に聞いた話ですが、沖縄セルラースタジアムでのある試合。試合終盤、ロースコアで同点という膠着した試合で、平良が『じゃあ、ホームラン打ってきますよ』と打席に向かい、有言実行。右翼にとんでもない飛距離の本塁打を打って、試合を決めたこともあったそうです」(前出の安倍氏)