侍J稲葉監督の“情実人事”で想起される「北京五輪の失敗」
「いい選手を選ぶのではなく、どうすればいいチームをつくれるのかを重要視した。本番まで1カ月ある中で、いまの状態が良くない選手も上げてくれると信じている」
16日、東京五輪野球の日本代表メンバーが発表され、侍ジャパンの稲葉篤紀監督(48)はこう熱弁を振るった。
指揮官自らが言うように、24人のメンバーは必ずしも「状態がいい選手」ばかりではない。
「むしろ『状態が良くない選手』の方が多いことが気になる」
と、評論家の山崎裕之氏がこう続ける。
「特に菅野(2勝4敗、防御率2・72)が不安です。キャンプから調整が遅れ、5月には右肘違和感で抹消されている。よりによってメンバー発表当日に、不調で二軍落ちしましたからね。大野(3勝4敗、防3・49)や岩崎(1勝3敗18ホールド、防3・09)、中川(2勝2敗14ホールド、防3・64)も本調子とは言えないし、山崎(3勝1敗14ホールド、防2・08)も昨季は絶不調だった。エースとして期待されている田中(2勝4敗、防2・90)にしても、チームは首位にいるにもかかわらず2勝止まり。かつての面影はありません」
金メダルを逃した際の言い訳
その一方で、稲葉監督は平良(1勝0敗7セーブ、防0・00)や栗林(0勝1敗12セーブ、防0・37)という好成績を挙げている投手を選んだ。前出の山崎氏が言う。
「ならばなおさら、調子がいい投手をどんどん入れるべきです。宮城大弥(オリックス=6勝1敗、防2・31)や柳裕也(中日=5勝2敗、防1・89)、早川隆久(楽天=7勝2敗、防3・30)、松井裕樹(同=0勝2敗18セーブ、防0・84)は当然、メンバー入りできる力はある。稲葉監督は今の力量や調子よりも、名前や実績を重視したのでしょう。実績のある選手を入れておけば、金メダルを逃しても『ベストメンバーでやった結果』と弁解の材料になるともとれる。仮に菅野や大野を外し、実績に劣る宮城や柳を選んで負けたら、非難を浴びる可能性が高いでしょうから」
これは野手メンバーについても言える。怪物新人の佐藤輝明(阪神=打率・274、16本塁打、44打点)や、本塁打、打点のリーグ2冠を射程に入れる岡本和真(巨人=打率・256、19本塁打、58打点)が外れ、故障やコロナ明けの選手が選ばれた。
捕手の会沢(打率・278、2本塁打、10打点)は15日の西武戦で左足を負傷。16日、登録抹消された。
坂本(打率・307、7本塁打、16打点)は日本代表の常連だが、右手親指骨折から一軍に復帰したばかり。5月下旬に新型コロナウイルスに感染した源田(打率・278、1本塁打、11打点)も18日から一軍復帰の予定だ。
前出の山崎氏は、「2人とも本番までに状態を上げられるのか。まして五輪は真夏の炎天下の中で行われる。特に源田は隔離生活で体力が落ちているはずです」と話す。
■ケガ人入れて惨敗
稲葉監督は代表メンバーについて、「日の丸を背負うことに熱い思いを持った選手の集まりであり、私がこの選手とオリンピックを戦いたいと思った選手たち」と話した。
この発言について球界OBは、「13人の野手のうち、優勝した2019年のプレミア12メンバーから10人を選んだのはそのためです」と、こう続ける。
「稲葉監督はプレミア12の際、大会直前に複数の選手が辞退を表明したことで人選に苦慮した。菅野、柳田のように故障を抱えていた選手がいた一方で、プレミア出場に対して非協力的とも受け取れる態度を取った選手はハナから選ぶ気がなかった。今回、守備の要である遊撃手は不安を抱える坂本と源田だけ。遊撃は本職でないと守るのは厳しい。守備のスペシャリスト枠として、内野のユーティリティー選手や今宮(ソフトバンク)あたりを入れてもよかった。『熱い思い』にこだわる危うさを感じます」
そこで想起されるのが、稲葉監督が日本ハム時代に選手として出場し、メダルなしの惨敗に終わった08年北京五輪である。
代表を率いた星野仙一監督は24人のメンバーのうち、07年のアジア予選出場選手から19人を選んだ。アジア予選通過に貢献した選手を優先した結果、五輪前から故障を抱えていた新井貴浩(阪神)や川崎宗則(ソフトバンク)らを北京に連れて行った。稲葉監督も臀部を痛めた上で強行出場したが、それぞれ精彩を欠いた。
「143試合を戦うペナントならまだしも、短期決戦では状態のいい選手を優先起用するのが鉄則。星野ジャパンの惨敗は『情』の采配が大きな要因になったと言っていい。稲葉監督は『(代表に)捧げる思いだった』と言っているが、情に熱く、自分が思い描いたビジョンにこだわるフシがある。19年のプレミア12で、直前の強化試合から極度の不振に陥っていた坂本を『ここまでしっかり調整してきた姿をずっと見てきた。それは必ず大事なところで生きてくる。努力は野球の神様が絶対に見てくれているという思いが強かった』と言って使い続けた。決勝ラウンドの米国戦では好機でことごとく打てずに敗戦。優勝を逃していれば、『A級戦犯』になったはずです」(前出のOB)
今回の東京五輪は地の利がある上に、コロナ禍により過去のメダル獲得国である台湾、豪州が辞退。金メダルは確実とさえ言われているが、盤石とは言い難い――。