“東の横綱”東海大相模・門馬監督「電撃退任」の裏側 センバツVに与える影響は?
今春のセンバツで10年ぶり3度目の優勝を果たした東海大相模(神奈川)を率いる門馬敬治監督(51)が、今夏限りで退任することが決まった。健康上の理由で、6月30日の練習後に部員たちに伝えたという。門馬監督は1日、「心身の不調。センバツが終わった時期に決断した」と語った。
もともと首と心臓に持病がある。今年5月、練習中に首に送球を受けて入院し、神奈川大会準決勝のベンチ入りを断念。翌日の決勝は指揮を執り、県6連覇、41連勝をマークしていた。盟友である元横浜の部長・小倉清一郎氏がこう言う。
■「絶頂期だから残念」
「絶頂期だから残念ですよね。春の決勝の日に会った時は、首が回らない、痛々しい状態で采配をしていたので心配していました。首はもともと痛かったみたい。心臓が悪いのも聞いていました。センバツ後に決断したというから、総合的に判断したのかもしれません」
1999年に29歳で東海大相模の監督に就任すると、2000年のセンバツで監督として甲子園初出場初優勝。ただ、その後は決して順風満帆ではなかった。定期的に春は出られても夏の甲子園は遠かった。「長野、静岡といった地方の系列校に異動する話が浮上したこともありました」とは東海大の関係者だ。