12連敗した遠征先はお通夜状態…小宮山悟さんは自ら肘に針を刺して流血しながらマウンドに立った
私は左足を痛め、「左大腿二頭筋筋膜炎」と診断されたため、28日の近鉄戦から6試合スタメンを外れることになる。この頃は、堀幸一も左膝痛でスタメン落ちしており、気付けば連敗は12に伸びていた。
■妻は「明日は勝てるよ」と繰り返し…
遠征先のホテルの食堂では会話をする選手がいなくなり、まるでお通夜。置いてある新聞を読む選手もいなくなった。初芝家はというと、野球に関しては一切口を出さない妻が「明日はきっと勝てるよ」と励ましてくれるようになった。連敗地獄のため、来る日も来る日もこのフレーズを繰り返させることになり、なんだか面目なかった。
西武との2連戦を迎える30日、前日に中村稔投手コーチが連敗の責任を取らされ、球団に更迭されたことが、さらに空気を重くしていた。西武戦は一進一退の攻防も、延長十二回、5-5の引き分け。連敗中、4度目の延長戦も白星を手にすることはできなかった。
7月1日の西武戦も敗れ13連敗。1978年にオリオンズ時代のロッテがつくった15連敗が迫る。