「動物園ではたらく」小宮輝之氏

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 自然交配では29年ぶりにパンダの赤ちゃん、シャンシャンが誕生し、賑わいを見せる上野動物園。本書は、その上野動物園で園長を務め、数多くの伝説をつくった“ミスター動物園”による、知られざる動物園の舞台裏話である。

 著者が最初に配属されたのは多摩動物公園。担当したのは、いわゆる“やすい”動物たちだった。

「ロバやイノシシ、ヤギ、ヤク、クマなどの値段が安く、飼いやすい動物たちの担当になりました。一見地味ですが、これが私にはよかった。生まれても死んでも記者会見をしなくていい動物でしたから、餌づくりから掃除、繁殖まで思う存分、チャレンジできたんですよ。片やパンダ、ゾウ、ゴリラなどスター動物の担当になった新人は大変。自分のやりたい工夫などもってのほか、そのうえ、実はゾウやチンパンジーは、彼らの方が担当者を選ぶんです。一生懸命に世話をしても彼らが認めなければ、担当にはなれません。特にゾウは命の危険がありますからね。ショックで辞めていった人もいました」

 意外だがチンパンジーはなかなか手ごわいのだという。新人だとわかるとからかってモノを隠したり、著者が宿直で夜中に見回ったときなどは、十数頭が一斉に檻を揺らし大騒ぎされたことも。飼育係の指を甘噛みしているうちに噛みちぎったこともあったそうで、見た目がかわいらしいだけに驚かされるばかりだ。

「同じ類人猿でもゴリラはすごく優しいんです。私が係長だったとき、ゴリラ舎の前で飼育係と話をしていたらゴリラにキャベツを投げつけられたことがあったんですよ。命令口調だったので『世話をしてくれる人をいじめている』と思ったんでしょうね。以来、ゴリラの前で話すときはペコペコしていました(笑い)」

 そんな動物たちの命を預かる飼育係にとって大切な仕事のひとつは、餌づくりだ。担当する動物の餌を毎朝、調理場で自ら用意する。鳥にはアジやサバ。クマには野菜や果物。動物によっては魚を三枚におろしたり、食べやすいよう野菜を薄切りにする工夫も必要なため、ベテラン飼育係ともなると包丁さばきは「板前クラス」だそうだ。

「そこまで手をかけても動物はいつかは死にます。担当する動物が死ぬのは大変悲しいことで、ましてや死んだ原因が自分の失敗だったときはとても恥ずかしい。けれど、飼育係としてもっとも恥ずかしいのは、動物の死ではなく逃がしてしまうこと。まさに『逃げ恥』です」

 ヤクの脱走、野犬の襲来、放し飼いをしていたクジャクが線路で羽を広げて京王線がストップ……と、逃げたい動物と飼育係たちの慌てぶりがユーモラスにつづられ、思わず笑ってしまう。

 その後、著者は井の頭自然文化園などを経て上野動物園に移り、園長を務めた。

「かつて多くの動物園では、スター動物の確保に熱心だったときがありました。ここでしか見られない動物を展示し、見に来てほしいと考えたんですね。しかし今は種の保存の観点から、世界中の動物園が協力しあって希少動物の繁殖に取り組んでいます。たとえばタンチョウは多摩動物公園、スマトラトラはドイツ・ライプチヒ動物園が登録センターを担い、勝手に貸与ができない仕組みになっています。上野動物園のパンダも中国から借りているもの。シャンシャンを数年経ったらお返しするのも、地球の財産を守るためなんです」

 3・11の翌日には、帰宅難民となり、上野周辺で過ごした人たちが上野動物園を訪れていた。

「ひとりで動物を眺めている人々の姿からは、どこかホッとしているようにも見えました。動物園にはさまざまな役割がありますが、人の心を癒やし、笑顔にするという役割もあるんじゃないかと思いますね」

 (イースト・プレス 880円+税)

▽こみや・てるゆき 1947年、東京生まれ。1972年に多摩動物公園に就職し、クマ、イノシシなど日本産動物とヤギ、ロバなどの家畜の飼育係を務める。井の頭自然文化園、上野動物園の飼育課長などを経て、2004年から11年まで上野動物園園長を務める。著書に「Zooっとたのしー!動物園」「物語 上野動物園の歴史」など多数。

【連載】著者インタビュー

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