「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」花田菜々子氏
書籍と雑貨が並ぶ「ヴィレッジヴァンガード」で、12年間店長を務めた著者。年間約1万3000冊の書籍を取り扱い、発注から仕入れまですべてひとりでこなしたこともある。そこで記憶したデータを駆使し、「その人に合う本を紹介する」特技を身につけたという。
「すべての本を最後まで読んだわけじゃないけど、タイトルや表紙のイメージ、その本がどんな人に売れていたかというデータは覚えています。一度、お世話になった上司に喜んでもらえそうな本を考えてオススメしたことがあったんです。相手の読書歴や好きな作家、性格や発言をヒントに、希望に合う本を紹介するという体験に、私自身が熱狂したんですよね。人に本を紹介するってなんて面白いんだ! と」
その楽しさが忘れられず、著者はなんと、出会い系サイトでこの活動を始める。だが当時、著者は結婚生活に絶望し、夫とは別居中。心が摩耗し、自信を失っていたという。
「あのときは自分の生活がすごく狭く感じられて、もっと違う世界が欲しいと思っていたんです。私が登録したサイトはセックスや恋愛、結婚が目的の人が集まるサイトではなく、オープンで同性にも会えて、みんながつながる仕組みでしたから」
サイトのプロフィルには「今のあなたにぴったりな本を1冊選んでおすすめさせていただきます」と掲載。申請のあった人の中から会いたい人を選び、直接会って話す。後日、「その人に合う本をすすめる」という活動を週に1~2人のペースで1年間続けた。
そんな計70人と対面した経緯を描いたのが本書だ。
「今思えば、私自身もどうかしてた、と(笑い)。最初に会った広告系の男性は完全にセックス目的でしたが、『会って時間の無駄だった』という気持ちにはならなかったんです。彼は今っぽいモノとセックスが好きそうだったので、スワッピングマニアの夫婦が主人公の小説、樋口毅宏の『日本のセックス』をすすめました」
ロマンチックな詩を書く男性にはメッセージ性の強い茨木のり子の詩集「おんなのことば」、快活な女子とはバカな恋愛の話で盛り上がったので、アルテイシアの「もろだしガールズトーク」を紹介。やや斜に構え、紹介した本をことごとく「とっくに読んだ」と言う男性には国家やイデオロギーを抽象的に描いたジェームズ・クラベル「23分間の奇跡」をすすめたそうだ。
「本を紹介するどころか会話が成り立たない人や、本の知識のマウンティングがメインの人もいましたが、修業だと思って。距離の測り方がおかしな人もいましたけどね」
ある男性は会った後で、著者を主人公にしたポルノ小説の大作を送り付けてきた。その身勝手な妄想の押し付けに、コミュニケーションの断絶と難しさを感じたとか。
本をすすめる上での注意点はいくつかあるという。
「特定のジャンルに詳しい人には定番本や話題本を紹介しない」「本をよく読む人には、その人が読む本から遠いジャンルの本が喜ばれる(理由付けは必要)」「性別・年齢・職種・趣味から発想するよりも、その人の雰囲気から選ぶほうがウケることもある」など。書籍の膨大な知識だけでなく、鋭い観察眼も必須だ。
「自分に合う本をすすめてほしい」と会いにくるのはどんな人なのか。
「服と同じです。毎回似たような服を買ってしまうけれど、『これも似合うんじゃない?』と人から言われたらうれしいですよね。つまり新しい自分を発見したい人でしょうか。あとは、自分に興味をもって話を聞いてもらうこと自体を喜んでくださる人も結構いましたね。ただ、出会い系はもう絶対やらない。エネルギーがいりますから(笑い)」
(河出書房新社 1300円+税)
はなだ・ななこ 1979年、東京都生まれ。「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」店長。「ヴィレッジヴァンガード」に12年勤務後、「二子玉川蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長を経て、現職に。