「深夜航路」清水浩史氏
金曜日の夜、明日は休みだからと飲みに出かけ、土日はとくにすることもなく家でだらだらする。こんなもったいない週末を過ごすよりも、旅に出かけてみてはいかがだろう。「たった2日の休みで行けるところなどたかが知れている」「金もないし、疲れて月曜からの仕事に響く」と思うかもしれないが、心配ご無用。お勧めするのは、船旅。しかも午前0時を回ってから出航する「深夜航路」での旅だ。
「座席に座った姿勢で仮眠をとる深夜バスとは違い、船ではカーペット敷きの広々とした船内でゴロリと横になり、毛布をかぶって眠れるので疲れません。航路によっては大浴場完備の船もあります。深夜の定期航路は他の交通手段と比べて料金が格段に安いため懐にも優しく、船内に宿泊するため宿代もかからない。いいことずくめですよ」
著者は日本全国に14航路ある深夜航路を制覇。その全航程と旅の醍醐味を紹介したのが本書だ。首都圏在住か職場が首都圏にある人なら、茨城県の大洗から出港し、北海道の苫小牧に向かう商船三井フェリー「さんふらわあ しれとこ」が利用しやすい。出港は午前1時45分なので、金曜の仕事が終わってから大洗の深夜便に乗ることはさほど難しくはない。
“さっきまでは仕事、今はもう船上”という振り子のような変化が「脱出」を感じさせ、気分が高揚するはずだと著者。苫小牧までは18時間という長い航程だが、忙しい現代人にはこんな時間の使い方こそがぜいたくだ。
「デッキに出て夜空を見上げれば、こんなにたくさんの星があったのかと圧倒されるでしょう。それと、なんといっても船上で見る月の美しさですね。月明かりの中、夜の海に白くたなびく航跡波を見ていると、時間など忘れてしまいます」
同船には大浴場もあり、海を眺めながらゆったりとくつろげる。ちなみに、逆コースの苫小牧からも午前1時30分発大洗行きの深夜航路がある。
深夜航路は比較的すいているのもお勧めの理由。飛行機も新幹線も高速道路も、日本の交通機関は混んでいることが当たり前だ。しかし、深夜航路はさすがに利用客も少なく、静かに過ごすことができる。
「22時台や23時台の航路はけっこう乗客が多く、賑やかなんですね。でも、0時を回った便では雰囲気がガラリと変わって落ち着いた空間になります。乗っている人もチラホラで、だいたいが寡黙な人ばかりです。忙しいビジネスマンほど、深夜航路で自分を見つめ直す時間を過ごすことをお勧めしたいですね」
地味だからこその味わいや、いい意味での哀愁を感じることのできる深夜航路。混雑を我慢してスピード重視の乗り物を使い、グルメやお土産にあふれた観光地で散財する、“作られた旅”とは対極の経験ができる。
深夜航路は単なる移動手段ではなく、その航程自体が旅の楽しみのひとつ。下船後に何もなければ、とんぼ返りしてもいい。
「深夜航路が出港する港は全国に散らばっているため、わざわざ乗りに行くのはお金も時間もかかる場合はあります。そんなときは、地方出張のあとに1日、2日休暇を取っておいて、近くの深夜航路を楽しむのもお勧めです。全14航路のうち、私が一番お気に入りなのが高知県宿毛市から大分県佐伯市に向かう宿毛フェリー。旅客定員183人の立派な船ですが、私が乗船した日は何と乗客が私ひとりの貸し切り状態(笑い)。深夜航路以外では決して経験できない、濃密な孤愁のひとときを過ごすことができました」
ひとりで出かけるもよし、旅の醍醐味に共感してくれるなら妻を誘って夫婦2人での深夜航路も悪くない。次の週末、出かけてみては?
(草思社 1600円+税)
▽しみず・ひろし 1971年生まれ。書籍編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、テレビ局勤務を経て、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。同大学院新領域創成科学研究科博士課程中退。著書に「海駅図鑑―海の見える無人駅」「秘島図鑑」などがある。