「戦争体験と経営者」 立石泰則著/岩波新書

公開日: 更新日:

 ダイエーの現在は芳しくないとはいえ、それによって創業者の中内功の思想と行動が忘れられていて、いいわけではない。

 1980年のことである。関西財界セミナーに出席した中内は、当時、関西財界のドンだった住友金属工業会長・日向方齊が、防衛力を強化し、徴兵制の研究をする必要があると発言したことに真っ向から噛み付いた。

「核戦争になれば、戦闘機も戦車も軍艦も、役に立たないとは言い切れないが、そんなものいくらあっても無に等しい。戯れ言を言わないでいただきたい。(中略)それに、憲法改正して徴兵制を導入するなんて、それこそ言語道断だ。そんなことをしたら、日本はアジアをはじめ世界から袋叩きにあい、孤立してしまいますよ。かつての日本は、大東亜共栄圏建設の美名のもとに侵略の過ちを犯した。戦争中、朝鮮半島、中国、アジア各国を侵略したことを知らないとは言わせない。(中略)あなたは日本をまたあのいまいましい時代へ引き戻そうというんですか。とんでもないことだ。中国に対して、日本はどうやって軍備拡張の正当性を説明するんですか。太平洋戦争は、資源の争奪によって起こった戦争です。戦争になれば、あなたの会社は軍需産業として儲かるでしょうが、われわれはたまったものじゃない」

 スーッと現れてパーッと消えるなどと揶揄されていたスーパー経営者として、ここまでハッキリと発言するのは勇気が要っただろう。しかし、過酷な戦争体験をした中内は、言わずにはおれなかった。

 いまは絶版となっている「わが安売り哲学」に、中内はこう書いている。

「ウジのわいた水牛の死骸をあさり、トラックのタイヤを燃やして野草を煮た。靴の皮に水を含ませて、ガムのようにかみ続けた。およそ食うことが可能な物はなんでも口にした。山蛭はいいほうだった。ノミとカとハエ以外はすべて食用になることを知った」

 私がインタビューしたときも、中内は「ぼくは身体中、弾のあとだらけだ。明治生まれの人間が戦争を計画して、大正生まれのわれわれがそれを一銭五厘の旗の下でやらされたわけだ」と語っていた。

「人々の暮らしが姿を消し、『お国のために』が前面に出てきたとき、戦争が始まった」と中内は「私の履歴書」に書いているが、もう幾人かの戦争体験を聞きたかったという意味で3つ星にはしないでおこう。

★★半(選者・佐高信)

【連載】週末オススメ本ミシュラン

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動