「本屋がアジアをつなぐ」石橋毅史氏
「今年7月ごろ、『香港の書店から中国政治の批判本が消えた』と報道する日本のテレビ番組がありました。でも僕がその直前に見てきた限り、そんなことなくて。あちこちの本屋が『ここまでならセーフじゃないか』と様子を探りながら批判本を売っていましたよ。おしゃれな今風の本屋の棚に、天安門事件や雨傘運動の検証本が手書きPOPつきで目立つように置いてあったり。でも店主に聞くと、やはり不安は強くて、本の入荷記録を残さない、顧客リストを消すなど工夫していました」
本書は出版ジャーナリストの著者による、日本と東アジア各国の街の本屋を取材したルポだ。ネット社会が広がり本が売れなくなって久しい中、なぜ本屋を始めよう、続けようという人が日本でも東アジア各国でも出てきているのか――そんな疑問を出発点に、韓国、香港、台湾、沖縄などの本屋を巡った。
「最初は日本と『似ていること』に注目していたんですが、取材するうちにむしろ似ていない点が際立ってきました。一番の違いは、言論の自由への意識です。韓国や台湾は、1980年代後半まで政府機関の検閲なしには出版ができない時期があったわけで、その時代を経験してきた本屋がまだ現役で商売しています」
本書では、民主化運動当時の韓国・光州で「禁書」扱いの本を売ろうと闘った「ノクドゥ書店」(1981年に閉店)の店主キム・サンユン氏や、社会問題に積極的に関与する台湾・新北の小小書房の店主らも直接取材。また過去100年にわたり、日中の懸け橋となり続けている神保町・内山書店の歴史にも大きく紙幅を割いている。
2015年に台湾を訪れた著者は、台北市で小さな本屋の多くが「反核」と書かれた白い旗を掲げているのを目撃して驚いたという。
「今もそうですが、台湾の小さな本屋は、政治や社会問題に対して市民の立場から意思表明をするのに積極的です。大規模書店はそこまであからさまではないですが、取材してみて驚いたのは客側の熱気です。最大手・誠品書店の24時間営業店舗では、深夜まで店内のあちこちで客が床に座り込んで、分厚い哲学書やなんかを読みふけっているんですよ。日本では見られないあの熱気は、今でも台湾の市民が、本屋に知識やそれ以上のものを期待していることの表れでしょうね」
台湾では1987年の戒厳令解除の頃まで、長く国民党の独裁状態にあった。それに抗して民主化運動を進めた人々のことを「党外人士」と呼ぶが、禁書を売ったり社会に向けて棚を通じた意思表示をしたりする本屋は、まさに「町なかの党外人士」なのだ。
本書の後半には、いま世界が注目する香港で15年に起きた「銅鑼湾書店事件」で中国当局に拉致された、当時の店長・林榮基氏へのインタビューも載っている。
「銅鑼湾書店は閉店していますが、大きな看板は残されていて、彼いわく、あれは店を買収した中国当局からの『戻ってきてスパイになれ』というメッセージだそうです。政治問題の渦中で闘っている林さんですが、『自分は運動家ではなく、ただ香港の人たちに自由になってほしいと願っている本屋だ』と言うんです。まさに町なかの党外人士ですね」
アジアの本屋をめぐり、現地の人々と交流してきた著者は言う。
「海外に出たら気軽に本屋に入ってみてほしいですね。本屋には英語ができる人が多いし、言葉がわからなくても経験上どうにかなります。本屋には観光や食べ歩きとはまた違う、その土地の歴史や文脈に入っていくきっかけが詰まっている。本屋ってそういう場所ですから」
(ころから 1700円+税)
▽いしばし・たけふみ 1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。出版社勤務、出版業界専門紙「新文化」記者、編集長を経てフリーに。「『本屋』は死なない」の訳書「書店不死」が2013年台湾・誠品書店の選ぶ閲読職人大賞を受賞。他の著書に「口笛を吹きながら本を売る」「まっ直ぐに本を売る」など。