「本当の貧困の話をしよう」石井光太氏
今、日本人の7人に1人が「貧困層」に該当する時代である。そう聞いても、ピンとこないかもしれない。日本は経済大国で、自分もそこそこ稼いでいるし、子供たちにも不自由はさせていない。貧困などとは無関係である。そう思う人が少なくないだろう。
「日本が経済大国とされるのは、GDP(国内総生産)の数値がもとになっています。一方、日本でいま問題となっているのが“相対的貧困率”です。これは、国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない世帯員の割合を指します。具体的な数字で言うと、1人世帯で年間122万円未満で生活している人が貧困層となり、日本ではその割合が15・7%。つまり、国民の7人に1人が貧困層となるわけです」
本書では、“貧困は自己責任”と片づけ、見て見ぬふりをしてきたこれまでの社会のあり方に警鐘を鳴らしながら、日本における貧困問題が抱える“本当の問題”に迫っている。
「今の日本で、貧困は何を生むのか。それは、『自己否定感』です。言い換えれば、劣等感や諦め、自暴自棄と言ってもいい。貧困=発展途上国のストリートチルドレンをイメージし、それと比べたら日本は福祉制度が整っているのだからマシだろうと感じるかもしれません。しかし、それゆえに日本では高所得者から低所得者までが“ごちゃまぜ”で生活する環境となり、貧困層の自己否定感が増幅されやすいのです」
自己否定感の影響を大きく受けるのが、子供たちだ。日本の多くの学校では、大半のクラスメートがサラリーマン家庭の子供であるが、その中に生活保護家庭の子供も含まれることがある。“ごちゃまぜ”であるがゆえに、貧困層の子供たちは富める子供との競争を強いられたり、格差を見せつけられたりすることで自己否定感を強くする。
本書では、2013年に起きた三鷹ストーカー殺人事件や、2015年に起きた川崎中1男子生徒殺害事件などを例に挙げながら、貧困の中で育った子供たちの自己否定感から始まる、負の連鎖の悪影響についても言及している。
「貧困の中で人生をスタートさせた子供たちは、社会の中に自分の居場所を見つけられず、希望を持つことができません。生活保護世帯の4人に1人が、大人になっても生活保護を受けているというデータもあります。そして、犯罪や売春、薬物依存などの問題とも結びつきやすくなる。国によるお金を用意するだけの福祉制度では、根本的な解決にはなっていないことの表れです」
近年、社会問題となっている特殊詐欺や高齢者虐待などは、貧困に対する社会の無関心と、そんな社会をつくり上げた今の大人たちに対するしっぺ返しともいえると著者。
一方で、子供時代に尊敬できる大人と出会うことで、貧困問題に端を発する社会問題も変えていけると説く。
その責任を負うのが、我々、大人一人一人だ。
「何も、NPO活動で貧困撲滅に取り組むなど、大それたことをする必要はありません。例えば、近所の子供たちの登下校時に挨拶をする。そんなささいな関わりでも、自分の存在を肯定されたように感じてくれるかもしれません。あるいは、自分の仕事に情熱を持って取り組む姿勢を見せるのもいい。子供たちは驚くほどしっかりと大人たちを見ています。“自分も大人になったら、あんなふうに頑張って仕事をしよう”と思ってもらえれば、貧困の連鎖を断ち切ることができるかもしれません」
(文藝春秋 1500円+税)
▽いしい・こうた 1977年、東京都生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。国内外の貧困や事件などをテーマに取材・執筆活動を行う。「物乞う仏陀」「遺体 震災、津波の果てに」「絶対貧困」「ルポ 餓死現場で生きる」「『鬼畜』の家─ わが子を殺す親たち」など著書多数。