「フェデラーの一瞬」デイヴィッド・フォスター・ウォレス著 阿部重夫訳
テニスを愛し、男子ツアーを追いかけている人の多くが「フェデラーの一瞬」と呼ぶ体験に出合っている。
2006年7月9日のウィンブルドン男子決勝戦は誰にとっても夢の対戦となった。ナダル対フェデラー。フェデラーはその年、まだ4度しか負けていないが、4度とも屈した相手はナダルだ。
第2セット、ナダルが2―1とリードして、ストロークを16回も打ち合うゲームが始まる。
フェデラーは途中、重いトップスピンをかけて返し、時には低く浅く角度をつけたボールでナダルを手前へ、右サイドの外へとおびき出す。3球連続のダウンザラインのスライス、ゆっくりとふわりと浮くボール――。ナダルを翻弄し、あやし、リズムとバランスを狂わせ、フェデラーは最後に想像を絶した角度でとどめを刺した。目を見張るようなウイナー、まさに「フェデラーの一瞬」である。そしてこれは、フェデラーが4打か5打前から組み立てたウイナーでもあった――。
ジュニア時代、アメリカ中西部で鳴らしたテニスプレーヤーだった著者によるテニスを巡る傑作エッセー集。ナダルとの死闘を分析しつつフェデラーの超絶的感覚を読み解いた表題作ほか、全4編を収録。
(河出書房新社 3200円+税)