文庫で読む「家飲みが楽しくなる本」特集
家飲みの楽しみといえば、気軽さや好みのアテだろうが、うまい酒に合うのは食べものだけにあらず。実は「読書」も立派な酒のアテになるのだ。あの作家が飲む洋酒、小説に出てくる焼酎……。ページが進むにつれ現実と物語が相まって、ほろ酔い気分、間違いなし! そんな家飲みタイムが楽しくなる5冊をご紹介。
「ひとり酒の時間イイネ!」東海林さだお著
食エッセーの第一人者である著者だが、居酒屋でのひとり酒が楽しく飲めないと明かす。
20代からひとり酒を楽しく飲みたいという願望を抱き続けてきたが、どうしてもうまくいかないらしい。そんな氏のお酒を、特にひとり酒をテーマにしたエッセーを編んだ傑作選。
ひとり酒のときは、なるべく大きな店に入る。周りの騒ぎに紛れて目立たなくなるからだ。一人客は、黙々と酒を飲み、つまみを食べることしかできない。何か楽しいことを考えていても、その動きが止まると、周囲には「黙考」ととられ、反省や悔恨、不運の気配を漂わせてしまう。だから、絶え間なく飲み食べ続けるために、つまみは焼き魚など手数がかかるものが良いと勧める。
そんな「ひとり酒の作法」と題した一文に始まり、ビルの2階のビアホールでエビフライと窓から見える通行人をつまみに、ひとり楽しむ昼間の生ビールや、「蕎麦屋の酒の肴」の中でも外せない「鳥わさ」へのこだわりや、花見客でごった返す井の頭公園でひとり花見酒に挑むなど。酒飲みの心理を突いた文章に思わずニヤリ。
(大和書房 800円+税)
「ランチ酒」原田ひ香著
昼前、祥子は武蔵小山の商店街で店を探すが、なかなか決まらない。彼女にはランチの店を選ぶ明確な基準がある。酒に合うかどうかだ。夜通し働く祥子にとって、仕事明けのランチは一日の最後の食事だから。
駅裏にまで足を運んだ祥子の目に小さな立て看板が目に入る。肉丼や牛ステーキサラダ仕立てなどのメニューが並んでいる。酒メニューもあることを確認して入店した祥子は、肉丼と芋焼酎「蕃薯考」のロックを注文。しみじみと味わう祥子の脳裏に昨夜の出来事が蘇る。
祥子の仕事は深夜の「見守り屋」。前夜は、キャバクラ嬢の依頼で発熱した彼女の幼い娘を終夜営業の託児所に迎えに行き自宅で見守った。満足して店を出た祥子だが、届いた元夫からのメールに落胆する。
祥子が酒を飲んで帰るのは、誰もいない家に帰って余計なことを考えずに眠るためだった。
認知症の女性を見守った御茶ノ水で牛タン定食と生ビールなど、それぞれ事情を抱えた依頼人の家で一夜を過ごした祥子が、実在の店でランチ酒を堪能するいわば「孤独のグルメ」女性版。
(祥伝社 690円+税)
「夕やけの味」石川渓月著
太陽テレビの情報番組の記者・優里亜は、地元飲食店の料理人がボランティアとして加わる子ども食堂を取材。しかし、企画会議を通らない。追加取材をする優里亜に同行した先輩記者の塚原は、廃業した飲食店を利用した子ども食堂で料理の腕をふるう「灯火亭」の主人ユウに興味を抱く。
女性の姿をしているが男性と思われるユウの作った親子丼や小鉢の筍の木の芽あえは、どれも一流の味だった。おまけにユウは、酔って妻子を連れ戻しに来たDV男を有無を言わさず撃退。取材は優里亜に任せ、灯火亭に足を運んだ塚原は、従業員の亜海によって客の好みに合わせて温められた燗酒や、花わさびのおひたしなど、酒と料理はもちろん居心地の良さにますますユウへの興味が湧く。そして、ユウ本人の取材を始めた塚原は、やがて彼が実は将来を嘱望された元自衛官だと知る。(表題作)
ほか、常連客の坂本への恋心に揺れる亜海を主人公にした「二年目の味」など、ユウが営む居酒屋に出入りするさまざまな人々の人生を描く連作集「よりみち酒場 灯火亭」シリーズ第3弾。
(光文社 660円+税)
「魚の水(ニョクマム)はおいしい」開高健著
触覚と味は切り離せないと思う氏は、マティーニは唇が切れるほど薄いカクテルグラスで、ウイスキーは底の厚い、大きくて重いオールド・ファッション・グラスに入れて飲むのがいちばんだと言う。
そんな氏のいちばんの気に入りはウオッカ。強烈で、乾いていて、透明であり、味、香りなどというものは何もない。そのくせ飲むと、一抹のかすかな甘味が感じられ、夜中に飲んでいるとついグラスを重ねてしまう。ツンとくる、するどい匂いをかぐと、喉の奥にポッと小さな灯がともり、ヘそから胸、肩へと熱がひらいていく。こういうときに、異邦の詩人たちの句に親しむ――。(「酒に想う」)
ほかにも、ベトナム人は美食家で、それぞれの流儀でものをうまく食べることを心得ており、田舎の露店でパイナップルを買うと、器用に皮をむき、最後に塩と唐辛子粉をまぜたものをひとはけ塗ってくれる。それが隠し味となり、パイナップルの野性の味、土の味に微妙な変化をもたらす(「試めす」)など、ベトナム戦争最前線をはじめ、世界各地を訪ね歩いた作家が遺した酒と食のエッセー傑作集。
希代のグルメにしてグルマンが味わった酒食がペンによって読者の眼前に提供される。 (河出書房新社 880円+税)
「ビール職人のレシピと推理」エリー・アレグザンダー著、越智睦訳
クラフトビールで町おこしをするワシントン州のレブンワースでは、週末に迫った恒例のオクトーバーフェストの準備が進められていた。女ビール職人のスローンが働く新興のビール醸造所ニトロでも、定番商品に加え、イベントに合わせてチェリーを使って仕込んだ新作のチェリー・ヴァイツェンを売り出す予定だ。
スローンは数週間前まで婚家である町最大の醸造所デア・ケラーで働いていたが、夫マックの浮気が原因でギャレットが始めたニトロで働き始めたのだ。スローンの新作を味わうため、彼女のビール造りの師であり最大の理解者であるデア・ケラーの創業者夫婦にして義父母のオットーとウルスラもニトロに駆け付けてきた。時同じくして、ドキュメンタリー映画の撮影隊が来店する。監督のペイトンは、スローンを主役にして映画を作るつもりだ。
しかし、進行役の俳優ミッチェルは監督の指示に従わず王様気取りで、スローンらを辟易させる。その夜、広場の仮設テントでミッチェルの遺体が見つかる。
ビールの知識やビールに合う料理が続々と登場する長編ミステリー。 (東京創元社 1100円+税)
■お福酒造が短編小説と純米吟醸のセットをネット販売して話題
新潟県長岡市のお福酒造では、酒が生まれた土地を舞台にしたオリジナル小説と純米吟醸(720ミリリットル)をセットにした「ほろよい文庫」(3種類)を販売。作家・山内マリコによる短編で、旅行で長岡市にやってきた男女が居酒屋で隣り合わせ、言葉を交わす……という物語だ。
女目線でつづられる「あたしはまだ到着していない」と、男目線でつづる「運命の人かもしれないけど『じゃあ、ここで』」の2編があり、それぞれに純米吟醸1本がセットになっている。