「転生」貫井徳郎著
1967年12月、南アで世界初の心臓移植手術が成功、日本では翌年8月に札幌医大で行われた。当初この手術は快挙として日本中が沸いたが、レシピエント(移植希望者)の青年が死亡した後、この手術を巡ってさまざまな疑義が呈された。
この事件を巡る小説として、渡辺淳一著「白い宴」、吉村昭著「神々の沈黙」などがある。本書は、日本で18例目の移植を受けた主人公にドナー(臓器提供者)の記憶の一部が転移するという稀有な例を扱ったもの。
【あらすじ】和泉は大学1年のときに拡張型心筋症が発症し、心臓移植手術を行わなければ遠からず死が待ち受けていると宣告される。
和泉は自己憐憫にまみれてめそめそすることは避け、弱った心臓をだましだまし淡々と日々を送っていたが、20歳の春を迎えたある日、心臓提供者が現れたと告げられた。手術は成功裏に終わり、予後も問題なく回復に向けて順調に経過していた。
ところが、それまでまるで興味のなかったクラシック音楽が好きになったり、猛烈にステーキを食べたくなったり、それまでの和泉の嗜好とはまるで違ったものを欲するようになった。
決定的なのは夢だった。恵梨子という女性が頻繁に夢に現れ、彼女が経験したことがリアルに思い出されるのだ。もしかして自分に心臓を提供したのはこの恵梨子ではないか。そう思った和泉はタブーであるドナーの家族と接触を図るが、示された写真は恵梨子とはまるで別人だった……。
【読みどころ】最初のうちはいささか荒唐無稽なファンタジーといった展開だが、和泉がドナーの正体に迫っていく過程で、和泉の移植手術の背景に潜む移植医療の倫理を巡る問題が大きく浮上してくる。450ページ超の力作長編。 <石>
(幻冬舎 648円)