「『エビデンス』の落とし穴」松村むつみ氏
新型コロナウイルスのワクチンに効果はある/ない。糖質制限は体にいい/悪い。味噌は血圧を上げる/上げない。多種多様な相反する健康情報が飛び交うが、一体どれを信じたらいいのか。そんな諸兄の疑問を解消する本が出た。キーワードは「エビデンス」。科学的根拠という意味だ。
「『エビデンスあり』と言われると、それが正しい情報だと思ってしまいますよね。けれどもエビデンスというのは実は玉石混交で、唯一絶対の正しい根拠ではないんです。例えば新型コロナウイルスについて、当初はヒトからヒトへ感染しないという専門家も少なくなかったけれど、途中から変わっていきました。専門家の言うことが二転三転しているように見えてしまい、世間に混乱や不信感が広まりましたよね。でも、エビデンスというのは、ある程度集積されることで、信頼できる新しい情報に上書きされていくのが普通のことなんです」
本書では、信頼性の高さによるエビデンスの6つの段階=ランクを紹介している。例えば医学専門誌に掲載されたものでも「専門家の意見」は最も低いレベル6、ランダムに選出した患者への投薬試験などはレベル2だ。
「複数の研究を統計的に統合した結果が最も信頼性の高いエビデンスで、レベル1。治療のガイドラインなどはこれをもとにつくります。それも絶対ではなくて、新たなエビデンスが集まればまた修正されていきます。『動物実験で効果あり!』と論文を引用した宣伝がよくありますが、動物実験は人間についてのエビデンスとしてはレベル6以下、欄外です。最近はあやしい健康法やエセ治療にもこんなふうにデータや論文が使われがちなので、エビデンスあり=正しいと過信しないでほしいんです」
著者は画像診断医の傍ら、人間ドックでも働く医師だ。世間の関心が特に高いと感じている糖質制限や卵とコレステロールなど、食事と健康についての相反するエビデンスの見方も本書では具体的に解説する。
「前提として、食事については長期的研究を蓄積するのが難しいんです。何十年も同じ食材や制限のある食事ばかり食べ続けてもらうのは現実的に難しいですよね。短期的研究では糖質制限が脳梗塞などのリスクを下げる、痩せる、といった結果がありますが、長期的にどうかはまだよくわかっていません。卵がコレステロール値を上げるか否かも、対象が病気の人か健康な人か、年齢や性別や人種によっても『上げる』『下げる』と真逆の結果が出ます。なので、短期的に効果が証明されたからといって、極端な食事制限などはおすすめしません」
膨大なエビデンスに惑わされ右往左往しないために、本書では医学知識がなくても正しい情報を見極めるためのコツをいくつか紹介している。家族や友人に最低限これだけは注意して、と伝えるとしたら何か。
「『〇〇だけで』と簡単に効果ありとうたうもの、それと『免疫力』で、『自然の免疫力で全て解決!』といった情報はまずウソだと覚えてほしい。そんなに簡単に効果があるなら標準治療や保険適用になっているはずですし、免疫というのは使い勝手がいいパワーワードですが、まだ信頼できるエビデンスが蓄積されてはいません。テレビなどから流れる情報をうのみにする前に、かかりつけ医やかかりつけ薬局で正しい情報を得られるようになっていくといいですね」
ほかにも、マスクの効果から赤身肉やアルコールによる健康増進まで8例にメスを入れる。
(青春出版社 900円+税)
▽まつむら・むつみ 1977年、愛知県生まれ。医師・医学博士・医療ジャーナリスト。名古屋大学医学部医学科卒。フリーランスの画像診断医として画像診断、研究を行う傍ら、執筆活動を行う。著書に「自身を守り家族を守る医療リテラシー読本」などがある。