「調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝」近田春夫著 下井草秀・構成
近田春夫に冠される肩書というとミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー、音楽評論家、タレント、さらには大学の元特任教授なども加わり、文字通りマルチに活躍する才人である。常に新しいことに挑戦しているようなイメージが強いので、今年古希を迎えたというのにはびっくり。本書はその生涯を振り返りながら、50年以上に及ぶ音楽生活の詳細を語ったもの。
東京・世田谷の敷地100坪の自宅、幼稚園のときにIQ169で慶応幼稚舎に入る。神童のお坊ちゃまといったところだが、幼稚舎には並外れた金持ちの子弟が多く、当人は自分が裕福だとは思っていない。それでも、当時の幼稚舎でさえピアノを習っている子供はクラスに2、3人という中で、近田はクラシックピアノのレッスンを受けていて、これが後にキーボード奏者の基礎となる。
中学3年でエレキバンドに参加、高校3年には日比谷野音のロックコンサートに出演してそこで内田裕也と会い、以降長く関わりを続けていくことに。バンド活動で忙しく、高校は留年、運良く大学に進めたもののすぐに自主退学。以降はミュージシャンとしてメジャーデビューしていくわけだが、高校時代からデビューに至る時期の話には日本のロック草創期のエピソードが満載。しかも日本語ロックの祖とされる「はっぴいえんど」系とは別系統の日本のロックの流れが詳しく語られていて貴重。
一方で布施明の公演にキーボード奏者として参加するなど歌謡曲方面の仕事もこなし、テレビ番組「ぎんざNOW!」にレギュラー出演し、タレントの才能も開花させる。その後も、作詞・作曲、編曲、プロデュース、音楽評論と八面六臂(ろっぴ)の活躍を続けていくのだが、決して一所にとどまることがない。
「みんな、『らしさ』ってもの求めるじゃん。でも、俺はエピゴーネンは嫌なのよ。……だから、違う角度から挑まなきゃいけないんだ」
まさに“転がる石には苔(こけ)が生えない”を地で行く近田春夫。まだまだ目が離せない。 <狸>
(リトルモア 3080円)