「神楽坂スパイス・ボックス」長月天音著
スパイス料理専門店をオープンした姉妹の奮闘の日々を描く連作小説だ。スパイス料理とはいっても、カレー専門店ではない。もちろん、タイのグリーンカレーもあるが、クミンや黒コショウを使った野菜スープから、タジン鍋を使うモロッコ料理まで、盛りだくさんである。
たとえば、アルザスの料理シュークルートがある。これは、豚肉やソーセージを煮込んだ料理で、使うスパイスは、クミン、ローリエ、クローブ、ジュニパーベリーなど。そういえば、「ソーセージって、お肉といっしょに保存料としてスパイスを腸に詰めた加工品だよね」とのセリフも出てくる。つまり、典型的なスパイス料理だというのである。
かくて我々にはまだ馴染みのないスパイス料理が次々に登場してきて、どれもがおいしそうだから興趣がつきない。もうひとつは脇にまわる人物がどれも印象深いこと。その代表格は近所の日本そば屋の大将で、カレーのにおいがきつすぎると怒鳴り込んでくるところから付き合いが始まるが、そのうちに姉妹の店「スパイス・ボックス」の馴染みとなり、町内会の仲間を次々に連れて来てはたむろするようになる。
苦悩する若き整体師がスパイス料理を食べるうちに焦る気持ちを静めていく過程もいいし、いつも荷物の多い女性中学教師も登場シーンは少ないものの強い印象を残している。そういう個性的な客を配して、さあ、スパイス料理専門店の開店である。
(角川春樹事務所 792円)