「パルウイルス」高嶋哲夫氏

公開日: 更新日:

「パルウイルス」高嶋哲夫氏

 新型コロナウイルス感染症が8日から感染法上の「5類」に引き下げられた。季節性インフルエンザと同じ位置付けになり、ようやく日常が取り戻されつつあるが……。

「パンデミックは周期的に起こっており、また、必ず起こります。過去、ペストでは2億7000万人、天然痘では5600万人、そしてコロナでは600万人以上が亡くなりました。第1次世界大戦では1500万人、第2次世界大戦では5500万人が犠牲になりましたが、戦争と比べても、感染症が人類にとっていかに脅威であるか、分かるかと思います。コロナ禍を忘れるのではなく、教訓にして、一歩ずつ進んでいかなくてはいけないのです」

 本書は、コロナ予言の書として話題になった「首都感染」の著者が、未知のウイルスの猛威に遺伝子工学研究者のカールが立ち向かってゆく姿を描いた、ハイパーリアリズム小説だ。

 物語の序盤では、コロナが収束した世界を、エボラウイルスに似た未知のウイルスが再び襲う。カールは発生源とされるサンバレーのロックダウンを独断で敢行し、封じ込めに成功する。

「完全な封じ込めが重要だということが、コロナ禍の教訓のひとつです。だから、カールにはアメリカ疾病予防管理センターやWHOの判断を待たずに行動させました。私は今回のコロナでは、WHOは中国に配慮して初期対策が後手後手に回り、混乱を招いたと思っています。日本も、全国にマスクを配ったり、ワクチンを大量に購入して余らせたりするよりも、感染者の多かった都市に対策を集中すべきでした。こういう意見を政治家の人に話したら、『地方の人はワクチンが来るのを楽しみに待ちわびてるんだ』と、言われてしまいましたが」

■太古のウイルスがマンモスから復活

 ロックダウン成功後、カールは、ウイルスの宿主とされるマンモスを特定するために、休む間もなくシベリアやアラスカを奔走する。シベリアで発掘された赤ちゃんマンモスが鍵となり、物語はさらに大きなテーマに向かっていく。

「実は、ウイルスの問題は地球温暖化と密接につながっています。シベリアは天然資源が豊富で、石油は世界の8%、天然ガスは35%を埋蔵しています。その資源開発が地球温暖化に拍車をかけていて、氷河の後退と永久凍土の融解が進んでいるんです。作中ではシベリアの解けた永久凍土から採掘された3万年前のマンモスから、太古のウイルスが蘇ります」

 実際に、極東サハ共和国では、永久凍土から出てきたマンモスの牙を密輸する、マンモスハンターが横行している。“ウイルスの塊”となったマンモスが出現するのは、時間の問題かもしれない。

「2015年には、3万年前のシベリアの永久凍土から、モリウイルスという巨大ウイルスが発見されました。これは、現在でも増殖可能なウイルスなんです。また、2016年には凍土から解けだしたトナカイの死体から炭疽菌が拡散し、2000頭以上に感染して、1人の少年の命も奪いました。これらの原因にある地球温暖化は、一朝一夕には解決できません。しかし、ウイルスは待ってはくれないんです」

 宿主を探すカールに、過激派環境団体に入会した大学時代の友人・ダンから、「パルウイルス」と名づけられたウイルスが送られてくる。彼の意図は何か。環境問題のみならず、戦争や貧困までをも包摂して、物語は自在に広がっていく。

(角川春樹事務所 1980円)

▽高嶋哲夫(たかしま・てつお) 1949年7月7日、岡山県玉野市生まれ。慶応義塾大学工学部卒。同大学院修士課程を経て、日本原子力研究所研究員。79年、日本原子力学会技術賞受賞。カリフォルニア大学に留学、帰国後作家に転身。数々の文学賞のみならず、防災・エネルギー・教育関連の提言でも受賞歴があるなど評価も高い。


【連載】著者インタビュー

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    西武ならレギュラー?FA権行使の阪神・原口文仁にオリ、楽天、ロッテからも意外な需要

  2. 2

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動

  3. 3

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  4. 4

    兵庫県知事選・斎藤元彦氏の勝因は「SNS戦略」って本当?TV情報番組では法規制に言及したタレントも

  5. 5

    小泉今日子×小林聡美「団地のふたり」も《もう見ない》…“バディー”ドラマ「喧嘩シーン」への嫌悪感

  1. 6

    国内男子ツアーの惨状招いた「元凶」…虫食い日程、録画放送、低レベルなコース

  2. 7

    ヤンキース、カブス、パドレスが佐々木朗希の「勝気な生意気根性」に付け入る…代理人はド軍との密約否定

  3. 8

    首都圏の「住み続けたい駅」1位、2位の超意外! かつて人気の吉祥寺は46位、代官山は15位

  4. 9

    兵庫県知事選・斎藤元彦氏圧勝のウラ パワハラ疑惑の前職を勝たせた「同情論」と「陰謀論」

  5. 10

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇