「めざせ!ムショラン三ツ星」黒栁桂子氏
「めざせ!ムショラン三ツ星」黒栁桂子著
「ムショの飯は『冷たい』『クサい』という一般的なイメージがありますよね。しかし、実際にはお正月にはおせち風の特別なメニューが出ますし、定番化しているメニューだけでも300品ほどあり、娑婆よりも健康的な食生活を送れるんです。食事は刑務作業として受刑者が作るんですが、『みょうがはどこまでむくんですか?』というような男子がほとんどです。しかし彼らは、冷凍コロッケが爆発したり、厨房に火柱が上がる中、懸命に作っているんです。炊事班は、110人前の3食分を約10人で作る途方もない重労働。でも同時に、彼らは刃物や火の扱いも任せられ、つまみ食いもしない“エリート”でもあるんです」
著者は法務技官、つまり国家公務員の管理栄養士。本書はレシピを考え調理を指導する著者と、愛知県・岡崎医療刑務所の料理男子たちによるクッキング奮闘記だ。
「1番人気なのは『どんぶりぜんざい』。主菜扱いなので400グラムのずっしりした量で、主食はコッペパンです。たばこや酒などは禁止ですから、“スイーツ男子”が多いんですよ。祝日には“祝日菜”という菓子が支給されるんですが、その日が近づくとみんなそわそわ。年に1回の給食アンケートは、希望の菓子が採用されるように、刑務作業仲間たちで同じ菓子を書き、組織票を稼ぐ作戦が展開されるほどの盛り上がりです」
丸刈り頭で紋々の入った大の大人が、お菓子のために根回しをしているとはほほ笑ましい。
「みんなの希望するものを出してあげたいところですが、予算がとても厳しいんです。食事は1日当たり520円。菓子に至っては1回当たり60円で、消費税が導入されても物価が高騰しても昭和時代から変わらない伝統を守り抜いています」
ある日の食事にスイートポテトを出そうとしたが牛乳は高いため、余っていた豆腐で代用したというから驚きだ。こうした予算以外にも厳しいルールがある。
「『矯正実務六法』という法令に従って食事を提供しなければいけないんです。たとえば麦飯は米7に対して麦3の割合が決まり。そして受刑者の身長や刑務作業の運動量に応じて主食に必要なカロリーを計算します。身長が180センチ以上の人はさらに追加されるので、高身長で立ち仕事をしている人が一番多く食べられるんですね。自称動けるデブのある受刑者は、もっと背が高ければ……と嘆いていました」
ほかにも「皮でたばこが作れてしまうため皮付きバナナは禁止」など細かなルールが刑務所ごとに設けられているそうだ。
本書には、レシピを書き留める受刑者が続出の「いかフライレモン風味」や、おからを練って低予算化した「獄旨ドーナツ」など、創意工夫の結晶であるムショグルメ9品のレシピも収録。
「食生活と犯罪には因果関係があります。体も脳も食べたものでできていますからね。しかし、刑務所にいれば“完璧な”食生活を送れます。入所時に肥満だった人が20キロ痩せて、まるきり人が変わって出ていくこともあるくらいです(笑)。飽食の時代では一般人にとっては食べ方を学ぶのは難しいですが、ご飯と味噌汁だけでもいいので作る、作ってくれた人に『うまかった』と伝えるだけでも食との向き合い方が変わるでしょう」
(朝日新聞出版 1650円)
▽黒栁桂子(くろやなぎ・けいこ)1969年、愛知県岡崎市生まれ。管理栄養士(法務技官・岡崎医療刑務所勤務)。椙山女学園大学家政学部(現生活科学部)卒業。老人施設や病院勤務を経て、病気の予防に興味を持つ。出産育児を機に料理教室や講演などの食育活動をスタート。10年間開催した「男の料理教室」では延べ1000人の高齢男性に指導。