道尾秀介(作家)
1月×日 去年、嬉しいことが2つあった。1つは、長年の構想を経てとうとう商品化した本格犯罪捜査ゲーム「DETECTIVE(ディテクティブ) X(エックス)」がトンデモなく売れてくれたこと。警察の捜査資料をもとに未解決事件の真相を解明するゲームで、日本初の試みだったにもかかわらず、発売元のSCRAP出版によると会社創設以来のヒット商品となっているらしい。ある寺で住職が撲殺され、その殺人事件の謎を解いていくストーリーなのだけど、寺や住職という誰もが知っているものを設定に入れ込んだのもよかったのだろうか。
もう1つの嬉しいことも、寺と住職に関係している。福島県の福聚寺で住職を務めておられる作家・玄侑宗久さんが小説の新刊を出してくれたのだ。「桃太郎のユーウツ」(朝日新聞出版 1980円)というタイトルで、現代と未来を描いた全6話の短編集。この新刊が期待以上にトンデモなかった。第1話の「セロファン」で心の表面に見知らぬさざ波が立ったかと思えば、つづく「聖夜」と「火男おどり」でその波が心の底に沈殿していた感情を浮き上がらせ、「うんたらかんまん」と「繭の家」で感情が深い渦となり、気づけば剥き出しになっていた心の底に、最終話の「桃太郎のユーウツ」が爆弾のように放り込まれる。この爆弾のインパクトは相当なもので、誰もが忘れがたい放心を味わうことになる。
読了後、ある文芸誌に書評を書かせてもらった。それを読んだ玄侑さんがわざわざメールをくれたのだが、そこにあった一文を見て僕は、やっべ、と思った。
「『DETECTIVE X』、楽しませていただきました。」
僕の著書をしばしば読んでくれているのは知っていたけれど、まさか犯罪捜査ゲームまでプレイしてくれるとは思わず、作中で住職を撲殺してしまった。
が、こうした新しいものにもアンテナを張り、実食というか味見というか、ご自分の五感を使って触れているからこそ、玄侑さんはあんなふうに現代や未来を描けるのかもしれない。そういうことにしておこう。