佐野広美(作家)

公開日: 更新日:

3月×日 かつて宇崎竜童は「あんた、あの子のなんなのさ」と聴衆に尋ねていた。尋ねられた者が口ごもるシチュエーションなのは歌の調子でわかるわけだが、あらためて人と人の関係とは「なんなのか」を考えてみると、なかなかに面白い。そう思わせてくれたのが平尾昌宏著「人間関係ってどういう関係?」(筑摩書房 946円)だ。知識を得るためというより、これを叩き台に一人一人が考えを広げていくための本である。他者に対する感情的な面は考慮に入れず、まずは人同士のつながり方の骨格を取り出して見せてくれる。根本に立ち返ったところから複雑に入り組んだ人間関係のありようを考えてみるというわけだ。

3月×日 現代社会では、うっかりすると他者をモノと見なしてしまう傾向があると筆者は言う。さらには関係を固定化しがちだとも。だが、人間は成長もするし変化もする。だから他者との関係は常に変容するのだと強調することを忘れない。

 しごくもっともな見解だが、この点はいま一度心すべきだろう。さらに筆者は、ヘイトや宝塚などの問題にも応用できる見方であると示唆してくれる。

3月×日 一般的に、ヘイト行為や目下の者に理不尽な仕打ちをする人を我々は「悪い奴」と単純に決めつけがちなのだが、人間関係というフィルターを通すと、どうなるか。

 その参考になるのが坂上香著「根っからの悪人っているの?」(創元社 1760円)だ。加害者と被害者という関係もまた、人間関係にほかならない。関係のありようが善悪を左右するとしたら…。そこまでハードな関係性を考えなくとも、当たり前と思い込んでいる夫婦や親子、上司と部下の関係などの認識を改めるヒントになってくれる2冊だ。

「あんた、あの子のなんなのさ」と問われたとき、あれこれ頭をめぐらせて回答をためらうことは、実は大事なのだ。相手と自分の思いが同じと決めつけるのは幻想だし、同時に、他者と関わる自分は「何者か」という問いが目の前に突きつけられることでもあるからだ。

【連載】週間読書日記

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    大阪万博批判は出尽くした感があるが…即刻中止すべき決定版が出た

    大阪万博批判は出尽くした感があるが…即刻中止すべき決定版が出た

  2. 2
    「銀河英雄伝説」大ヒットの田中芳樹さんは71歳 執筆47年で120~130冊…どのくらい稼いだの?

    「銀河英雄伝説」大ヒットの田中芳樹さんは71歳 執筆47年で120~130冊…どのくらい稼いだの?

  3. 3
    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

  4. 4
    木村拓哉「Believe」にさらなる逆風 粗品の“あいさつ無視”暴露に続き一般人からの告発投稿

    木村拓哉「Believe」にさらなる逆風 粗品の“あいさつ無視”暴露に続き一般人からの告発投稿

  5. 5
    マイナンバー「1兆円利権」山分け 制度設計7社と天下り官僚

    マイナンバー「1兆円利権」山分け 制度設計7社と天下り官僚会員限定記事

  1. 6
    まともに相撲が取れない貴景勝いまだ現役の裏に「親方株問題」 3場所連続休場で9度目カド番確定

    まともに相撲が取れない貴景勝いまだ現役の裏に「親方株問題」 3場所連続休場で9度目カド番確定

  2. 7
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 8
    つばさの党代表が公選法違反で逮捕 温和だった黒川敦彦容疑者はなぜ“キャラ変”したのか

    つばさの党代表が公選法違反で逮捕 温和だった黒川敦彦容疑者はなぜ“キャラ変”したのか

  4. 9
    頑なに「高卒で米挑戦」…まともに会話すらなかった大谷が翻意、日本ハムに入団決めた舞台裏

    頑なに「高卒で米挑戦」…まともに会話すらなかった大谷が翻意、日本ハムに入団決めた舞台裏

  5. 10
    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル

    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル