強欲な家主と出会い清貧な父に苛立つように
「オールド・フォックス 11歳の選択」
1990年代をつい昨日のように感じるのは年をとった証拠だろうか。思えばもう30年も昔なのだ。スマホもSNSもなく、冷戦終結後の狂騒も希望に彩られたあのころ。フェイクニュースが憂鬱な昨今とは大違いの、遠い過去。
スクリーンを見上げながらそんな感慨が胸をよぎるのが現在公開中の「オールド・フォックス 11歳の選択」、台湾と日本の合作映画である。
90年代初頭、台北の片隅で父親と暮らす11歳の少年。中華飯店の雇われマネジャーとして清廉に暮らす父とその息子だが、少年はふとしたことで世の不平等を知り、強欲の家主に目をかけられる。語り口は濃厚なノスタルジーに満ちて、少年の暮らしもまるで日本の昭和30年代のようだ。
「世の中には強い者と弱い者がいる。弱い者のそばでは自分まで弱くなる」「人の心がわかるやつは負け犬だ」とうそぶく家主は少年に「おまえはわしにそっくりだ」と言う。
やがて少年はつましい父を不甲斐ない男と苛立つようになる。きっかけをつくったのも「古ギツネ」とあだ名されるこの因業ジジイだ。全体におとぎ話めいたトーンの中、老人はさながら魔法使いのように妖しい。この巧みな語り口こそ、「三丁目の夕日」とは段違いの蕭雅全(シャオ・ヤーチュエン)監督の腕だろう。
敬愛した父を一転して軽侮し、疎む気持ちに傾く息子の話に阿部昭著「司令の休暇」がある。だが、講談社文芸文庫版は品切れ。もうひとつ、父に苛立つ息子を描くのが安岡章太郎著「海辺の光景」(新潮社 605円)である。
どちらの小説も、父の権威をそこねた戦争の挫折が根底にある。そこに息子のわだかまりが重なるのである。
思えば90年代初めに短く花開いた「世界はひとつ」と恒久平和の夢を奪い去ったのも、その後につづく強欲と戦争とヘイトの日々だったのだ。 <生井英考>