村上春樹の複数の短編を“リミックス”した仏アニメ
「めくらやなぎと眠る女」
同じ街を写しているはずなのに、外国人の撮った写真や映画の東京が、まるで異世界のように見えて驚かされることがある。
先週末から公開中の「めくらやなぎと眠る女」は、そんな“異次元の東京”を背景に描くフランス製のアニメ。監督のピエール・フォルデスは村上春樹の短編集を英訳で読み、映画化を構想したらしい。
物語は同名の作品に「UFOが釧路に降りる」「かえるくん、東京を救う」などの短編を織り合わせた一種の翻案だが、むしろ音楽でいうカバー版とかリミックスに近い。原曲とは違う編曲の背後に、おぼえのある節が聴きとれるような感じに似ているからだ。
その感じはさらにアニメの絵に強い。聞けば役者が実際に演じた映像や街の風景をもとに絵を起こしたらしいのだが、画面は色をかけた半透明の膜を幾枚も重ねたような独特の触感。その下から、東京の山手線や新宿の眺めがゆらめくように浮かび上がる。
シュールレアリスムは「超現実主義」が定訳だが、直訳すると「現実の一枚上」になる。その意味でこの映画は現実空間の一枚上にある“異次元の現実”だろう。だが同時に、この夏もどっさり東京に詰めかけた外国人旅行客たちの目には、こんなふうに映っているのではないかと思うのだ。
このアニメでは登場する日本人の容貌も他のアニメと違う奇妙な異物感がある。本作を題材に現代の西洋における日本人の表象を論じたアニメ学会の発表もあったという。
そういえば、漫画の絵を通して現実を見る目が変わる。それに気づいたのは1979年の大友克洋の初短編集「ショート・ピース」でのことだった。「ハイウェイスター」(講談社 3080円)は当時の作品を収録した大友全集の第3巻。「リアルな日本人の顔」が初めて漫画に描かれたと評されたこの年、村上春樹もデビューしたのである。 <生井英考>