著者のコラム一覧
一雫ライオン作家

1973年、東京都生まれ。明治大学政治経済学部2部中退。俳優活動を経て、35歳のときに演劇ユニット「東京深夜舞台」結成を機に脚本家に転身。主な脚本作品に、映画「TAP 完全なる飼育」「サブイボマスク」、東野圭吾原作「パラレルワールド・ラブストーリー」など。2017年に家族愛を描いた「ダー・天使」(集英社)で小説家デビューし、翌年「スノーマン」出版。最新作は幻冬舎から出版予定。

忘れられない「馬鹿か天才しかいらねえんだよ!」の一言

公開日: 更新日:

「おまえの言ってることは社会全般からしたら筋が通ってるかもしれない。でもこの世界はな、馬鹿か天才しかいらねえんだよ! おまえはな、そのどっちにもなれてねえんだ」

 図星だった。すべてが中途半端。痛いところを突かれすぎて、「辞めます」と言った。そのとき右足に異変を感じた。右のふくらはぎ。緊迫した状況のなか視線を送ると、犬がわたしの右ふくらはぎにしがみつき腰を振っていた。社長が事務所で飼っているフレンチブルドッグだった。発情期だったのか、わたしが同棲していた女性が犬を飼っていたからか、とにかくフレンチブルドッグはわたしの足に腰を振りつづける。社長とわたしが無言を貫くなか、室内には「ハァ、ハァ」と欲情する犬の吐息だけが充満した。しばらくしてわたしは席を立ち「失礼いたします」と社長室を出た。犬はよほど、わたしのふくらはぎが気に入ったのか、結局玄関までしがみつき腰を振りつづけた。

 いまになって思い返すのだが、あの時「社長、犬が腰振ってます」と言えていたら、きっと社長は笑ったと思う。でも当時のわたしは言えなかった。

 35歳になり物書きに転身し、まず社長の言葉が浮かんだ。

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