赤川次郎さん<5>「武田博之」のペンネームで書いた文集
赤川さんが働いていた頃の「日本機械学会」は、春に通常総会、秋に全国大会を開いていた。期間はそれぞれ3日間ほど。事務局の面々は裏方として汗を流した。
そんな中で“事件”が起こったのだ。
「入社7~8年目だったかな、大会の目玉となる特別講演でスライドの係になりました。…
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