日本メディック 城田裕之会長(1)業務用マッサージチェア「あんま王」が大ヒット
城田は、マッサージチェアの営業ではなく、施設と交渉してマッサージチェアを置かせてもらう、通称「開発」の仕事で頭角を現した。
「私はオーナーに直談判する作戦をとりました。自宅を突き止めて朝昼晩問わず、張り込んだりしましたね。もちろん電話攻勢も。当時は携帯電話などありませんでしたから自宅に電話するわけです。当然、居留守。それでも何度も電話し続けたら、しびれを切らした奥さまが『いい加減出てあげたら』と説得してくれたこともありました」
業績をあげ、31歳の時に東京本社に引き上げられた。すると、まもなく上司がトラブルで退社。あいたポストに座る形で部長に就任した。開発業務は社長と直接やりとりしながら進めることが多いため、早くから後継者として目をかけられた城田は、44歳の時に副社長に抜擢された。そして47歳で社長になる。
しかし、それは意図せずというか、棚からボタモチとは逆の火中の栗を拾うような社長交代劇だった。 =つづく
(ライター・いからしひろき)