アーチェリー銀メダル山本博さんは今年還暦 それでもパリ五輪に挑むモチベーションとは
2004年のアテネ五輪で銀メダルを取り「中年の星」と呼ばれたアーチェリー選手。今年還暦を迎えるが、いまだバリバリの現役だ。2年後のパリ五輪をめざし、今年11月にはナショナルチームの選考会に挑む。そう、60歳にして日本代表を狙っているのだ。
その姿は、会社で何もしないと揶揄される“妖精おじさん”とは正反対だ。どうすればそんな意欲的に現役続行を貫けるのか?
神奈川県に生まれ、横浜市立保土ケ谷中学1年からアーチェリーを始めたという。「見たこともない珍しいスポーツに、すごく興味をひかれた」のがきっかけだ。
すぐに頭角を現し、3年時には大人に交じって全日本アーチェリー選手権大会に出場する。
「負けず嫌いだったのと、教えてくれる人がいなかったので自分でうまくなる方法を探すしかなかった。それが僕に合っていたのでしょう。あれこれ指図する教え魔が周りにいなくて幸運でした。それは教育者になった今でも同じ考えです」
高校・大学は全学年で全国制覇。大学在学中にロス五輪(1984年)に出場し、銅メダルを獲得する。そう、アテネが最初のメダル獲得ではないのだ。しかしこの成功が、後にいばらの道へと歩ませる。
大学を卒業した後はそのまま母校・日体大の助手になる。そしてさらに光り輝くメダルを狙ってソウル五輪(88年)に挑むも、結果は8位と惜敗。その理由を、こう冷静に分析する。
「ロスは西側諸国だけでしたが、ソウルはソ連など東側も勢揃いでしたので選手層は厚くなります。それを飛び越えるくらいの成長がなければ、当然順位は下がりますよね。実力が足りなかった、ただそれだけです」