《川崎宗則の巻》代名詞になった「チェスト!」誕生秘話…初披露で客はドカンと盛り上がり選手たちも大笑い
川崎宗則
「チェスト!」の掛け声が合言葉のムネリンこと遊撃手の川崎宗則(43)。ファンの間では有名な話ですが、入団当時は守備がひどく、本人も実家に電話して「もう無理、この世界」と愚痴っていたくらい、周囲との差を実感していました。
グラブの手入れなどもぐちゃぐちゃで、スタッフから「いっちゃん、おまえのグラブ、川崎にやってよ」と言われ、「いや、グラブやったら俺どうやってキャッチボールすんねん」と、僕らの間でも話題になっていたほどです。それでも打撃には光るものがあったので、首脳陣も辛抱しながら起用していました。
転機となったのは2003年。オープン戦で現監督の三塁手・小久保裕紀が右膝の前十字靱帯を断裂するなどの大ケガ。そこで川崎が遊撃手兼三塁手として抜擢され、この年は前年の36試合から、133試合と大幅に出場機会が増えたのです。もし、小久保がケガをしていなかったら、川崎は果たしてチャンスを掴めていたかどうか……。
ただ、井口資仁は川崎が二軍時代から注目していたそうです。ある時、井口の元にテレビ局から「100メートルの元日本記録保持者、井上悟にベースランニングで挑戦」という企画が持ち込まれました。井口自身は嫌というわけではありませんでしたが、練習で忙しい。そこで井口が「二軍で活躍している若手がいるんですけど、そいつでどうですか?」と自らの代役として名前を出したのが川崎でした。