「カフカの『城』他三篇」森泉岳士著
解説を寄せるフランス文学者の陣野俊史氏は、「小説には書かれていないけれど、どう考えてもその小説の中心にあるモノ」があり、コミック化で「小説の中で読者がもっとも惹かれているモノを、きちんと指し示す」著者の文学的理解力は尋常ではないと称える。
終始一貫、コミックではあまり見当たらない縦長のコマ割りで官能シーンから謎解きまで進む「盗まれた手紙」、言葉では語り切れない「先生」と「私」の関係性を「燃えるような『霧島』を精密に描くことで完璧なまでに表現している」と前出の陣野氏が評する「こころ」、鰐にのみ込まれた男と彼の妻の物語を日本に置き換えた「鰐」。著者は、各作品で言語化されていない「不可視の存在」を独特のタッチのコミックで描き出す。
作品集を製作するにあたり、多くの名作を読んだという著者は、「『城』は、今こそ読まれなければいけない、差し迫った現実の物語として読めた」とあとがきでつづる。その他の3作品も「現代を生きるために必要な、実用的な手引書のように感じられた」とも。
小説の「たましい」を言葉の世界の中からそうっとすくい上げ、コミックという別の媒体に移植した作品が新しい読書体験をもたらしてくれる。(河出書房新社 1500円+税)