「エロ大国ニッポンがわかる本」特集
「日本の古典はエロが9割」大塚ひかり著
いにしえの日本には、エロがあふれていた。人間の営みの滑稽さを愛で、業も肯定する時代があったはず。ところが平成の今は「隠す・とがめる・罰する」が横行し、健全な性さえも自主規制に追い込まれる。日本はそもそもエロ大国だったことをお忘れか。理不尽な排斥にこっそり物申す4冊を紹介しよう。
日本が誇れるものは何か。勤勉な国民性、精巧緻密な技術力、四季を愛でる風雅なおもてなしの心……いや、ひとつ最も大切なものを忘れている。日本人として胸を張れるのは「エロ」だ。
昔の日本人はセックスのことばかり考えていたのではないかといぶかるほど、古典文学にはエロが満載だという。その妙を教えてくれるのが「日本の古典はエロが9割」(日本文芸社 1300円+税)である。著者は日本文学、特に古典文学に精通している大塚ひかり氏だ。
古典文学といっても受験勉強で暗記した程度で、物語の中身を記憶していないヤカラも多いだろう。著者によれば、古典文学は執拗なまでに性器に特化した「ちんまん話」がてんこ盛り。
まず「古事記」や「日本書紀」の神話。やんごとなき人々の先祖を描いた神話ですら、あからさまにセックス主体。始まりは家族崩壊に近親相姦、子殺しに獣姦、スカトロまでフルコース。「こんなえげつない話だったの?」と改めて驚く。
神話の特徴は「床上手なイケメンが必ず勝つ」という点。母系社会の要素が強かった古代ならでは。原始、女の権力は強かったのだ。
紫式部の「源氏物語」は、過激な性愛を花鳥風月の雅な世界観で描いた壮大な物語。そこまでは誰もが知るところだが、よくよく読めば、ストーカーにロリコン、養父や継父によるセクハラ、人形フェチなどの変態性欲も盛り込まれている。
また、著者は源氏物語を「ブス革命」と呼ぶ。源氏以前の作品では、ブスは憎まれ役の悪役。ところが源氏はブス優遇。6人の女のうち3人がブスだったのだ。ブス好き=色好みの証しとして描かれているものの、ブスとは結局セックスレスに。当時の美貌至上主義に物申す紫式部の心意気が伝わる。
まだまだ続くちんまん話は、仏教の世界でも多彩な展開を見せている。因果応報思想を植え付ける仏教説話集「日本霊異記」は最たるもので、いわばエログロ実例集。「日本人を釣るにはエログロが効果的。広告宣伝の見地からしても学ぶべきところがある」とちゃかす著者。時折垣間見える彼女の観点は、品のある毒気で批評性も鋭い。ちんまん話から日本人のアイデンティティーをたどることも決して無粋ではないと思わせる。
さらには、サド・マゾ要素や糞食・汚辱プレー、男色ネタも豊富になってくるのだから、古典文学の奥深さは底知れない。初心者向けとして著者の推奨は「宇治拾遺物語」。ツッコミどころ満載の笑えるエロが凝縮されているそうだ。
古代から近世まで、さまざまな作品の中にあるエロを小気味よく抽出。「ハイ、日本人は根っからスケベです」という明快な事実を再確認させてくれる。読後は、セックスをタブー視する現代の「底の浅さと器の小ささ」に失笑することだろう。
「エロスと『わいせつ』のあいだ」 園田寿、臺宏士著
わいせつか、芸術か。犯罪か、文化か。性表現をめぐる事件をひもとき、法学者とジャーナリストが緻密に検証していく。春画ブームが到来した折、春画を掲載した週刊誌に警視庁が指導したことで議論が再燃。漫画家・ろくでなし子や写真家・鷹野隆大の作品がわいせつと判断され、事件となったことも踏まえて、改めて平成の今「わいせつとは何か」を問う。
漫画単行本「密室」の関係者がわいせつ図画販売の疑いで逮捕された「松文館事件」の裏事情も解説。実は、警察庁出身の国会議員のひと声で警視庁が動いた、いわば「表現の自由に対する政治介入」だったという。過去に起きた事件や裁判において、警察も検察も裁判官も「わいせつ」を結局は説明しきれていない。
取り締まる側の曖昧さと矛盾について鋭く斬り込んだ一冊。(朝日新聞出版 780円+税)
「へんてこな春画」石上阿希著
春画はエロいというよりも「笑い」があふれている。大英博物館の春画展でキュレーターを務めた著者が、「へんてこな」「くだらない」を軸に厳選した春画を紹介。春画には、既存の知識・教養・建前・正論を取り込んで、ちゃかしてパロディーにする「知的遊戯」の一面があるという。特に、名画や名作など原本があるものを男女の性器でなぞらえる滑稽さは日本が誇れる文化とも言えるのではないか。
顔が男性器という、擬人化ならぬ擬チン化。世界地図も性器、風景画も性器。果てはすごろくや着せ替え人形、かるたやカレンダーにも春画テイストが存在する。ありとあらゆるものを性表現で展開しようとする労力もかなり滑稽だ。「全力でくだらないものを作る江戸人の粋」をぜひ堪能してほしい。(青幻舎 2300円+税)
「もう一度読みたい昭和の性愛文学」谷沢永一著
近代文学に精通した著者が独断で選ぶ、昭和の性愛文学ベスト。特に富島健夫作品への寵愛と考察が熱い。
「ベアトリーチェ凌辱」「処女連盟」は原文を随所で紹介しつつ、著者独自の見解をまとめている。性技や体位に関する一辺倒な医学書や専門書を「退屈」と一蹴。性に関する情報は「戦前暗闇、戦後ニセモノ」と断言し、文学における性表現こそがセックスの深淵をえぐるものだと強調する。
さらに日本初の本格的な性交小説として、広山義慶の「女喰い」を絶賛する。希代のスケコマシ・菅原志津馬の性技「8の字攻め」を紹介するために、この本を書いたと豪語する著者。もはや偏愛。読後は「処女連盟」「女喰い」を読みたくなること必至。(KKロングセラーズ 1000円+税)