「いのちを刻む 鉛筆画の鬼才、木下晋自伝」木下晋著 城島徹編著

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 巻頭の口絵に、十数点の作品が掲載されている。最後の瞽女(盲人芸能者)、小林ハル。元ハンセン病患者、桜井哲夫。徘徊を繰り返した母、木下セキ。ケント紙に鉛筆で描かれた人物が圧倒的な存在感で迫ってくる。

 老いた顔と体に刻まれた深いしわ。計り知れない孤独。モノクロームの画面は描かれた人の深奥までも描いていて、襟を正さずには見られない。

 独自の鉛筆画を切り開いた画家、木下晋は、1947年に生まれ、富山市の極貧の家庭で育った。父は失業、母は家出、幼い弟は餓死。暗闇でひとりもがいていた少年に一筋の光が差す。中学の美術教師のすすめで初めて作った彫刻が高く評価されたのだ。非凡な才能に手を差し伸べる大人も現れ、木下少年は生きるために画家を志す。とはいえ前途は多難だった。高校中退、駆け落ち、夜逃げ。高度成長に沸く世間とは無縁の暗闘が続いた。

 しかし、天の計らいなのか、節目節目に影響力のある人物が現れ、画家への道が開かれていく。洋画家の麻生三郎、美術評論家の瀧口修造、現代画廊の経営者・洲之内徹、ニューヨークで活躍していた美術家・荒川修作。そうそうたる人たちが木下の才能に目をかけた。

 34歳のとき初渡米。油彩画を抱えてニューヨークの画廊を回ったが、「オリジナリティーがない」と一蹴され、ここから鉛筆画の探求が始まった。デッサンや下絵にしか使われなかった鉛筆で作品を描く。10Hから10B、それにHBとFを加えた22段階の濃淡を使い分け、モデルとなる人物の内面にまで分け入って表現する。最後の瞽女、小林ハルとの運命的な出会いは、鉛筆画家への方向を決定づけ、さらなる高みに向かわせた。自らも極貧と孤独を嫌というほど味わったからこそ、モデルに寄り添うことができた。

「老」や「病」に真っ向から向き合った作品は、「人間とはこういうものだ、目を背けるな」と、深く、静かに語りかけてくる。

(藤原書店 2700円+税)

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