「生皮」井上荒野著
動物病院に看護師として勤める26歳の咲歩は、子どもの頃から物語を書くのが好きで、カルチャーセンターの小説講座を受講。人気講師・月島光一に筋がよいと褒められ、目をかけられるようになっていた。ところが講座の後の酒席ではいつも月島の隣に座らされ、誘いもある。違和感と師に対する尊敬のはざまで揺れる咲歩に、月島は肉体関係を迫る。
7年後、週刊誌に「カリスマ講師・月島が性暴力」との記事が掲載される。告発者は咲歩だ。受講生を作家デビューさせ、芥川賞作家まで送り出しマスコミの注目を集めていた月島は、一転、追われる日々になる。なぜ、今ごろ咲歩は告発したのか。俺たち2人は「小説的関係」ではなかったのか──。
本書は、人気男性講師が起こしたセクハラを軸に、被害者と加害者の意識のズレを描いた長編小説。咲歩、月島、それぞれの家族、受講者仲間らの目線で事件が語られるが、臆測と偏見で事実がこうも歪められるのか、と背筋が寒くなるほどだ。性被害を作り出す空気感までをも描き出し、加害の一端を担うのは誰なのか考えさせられる。
(朝日新聞出版 1980円)