最新文庫アンソロジー特集 寒さも退屈さも忘れる

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「Jミステリー2022 FALL」光文社文庫編集部編

 この冬はなぜか寒さが一段と厳しく感じられる。それでも、あと1カ月もすれば春の気配がただようことだろう。それまでの間は無理をせず、家に引きこもり、読書に親しもう。寒さも、退屈さも忘れさせてくれる極上のアンソロジーを紹介する。



 柚希は、恋人の智也が出演したジャズライブの後、行きつけのバーに向かう。智也とここで合流する予定だったが、いつまで待っても智也は現れない。

 マスターの神尾が問い合わせると、智也は楽器を搬出中に事故に遭い病院に搬送されたという。駆け付けると、手術室の前には智也の妻がいて、柚希はなすすべもない。智也に妻子がいることは知っていたが、別居中で、息子が高校卒業後に離婚すると聞いていた。

 翌朝、柚希は神尾から智也の死を伝えられる。2年後、まだ智也を忘れられない柚希は、生前彼が横須賀のライブハウスにたびたび出演していたと知る。面影を求めて親友の弥生と横須賀に向かうと、智也がいつも若い女性と一緒だったと聞き、心が騒ぐ。(東野圭吾著「マボロシの女」)

 ほかにも、4人の詐欺師が殺人現場で鉢合わせする「詐欺師だョ!全員集合」(新川帆立著)など収録された6作品がすべて新作書き下ろしという豪華なミステリー集。

(光文社 1320円)

「短編旅館」集英社文庫編集部編

 温泉旅館「花明亭」は、岩手と秋田の県境にある。大正期に建てられた歴史的建造物と、四季折々の花が咲く庭園、地元食材を使った料理で客をもてなす。あやめは、高校卒業とともに実家のこの旅館を出て、二度と戻らないつもりだった。しかし、父亡きあと、旅館を切り盛りしていた母が倒れ、退院までの2週間、女将代行を務めることになってしまった。

 この日の予約客は3組。しかし、常連の小野山夫妻が夫人の菜穂ひとりだけでチェックインする。1カ月前に夫が急死して、宿からの確認メールで予約を思い出し、夫をしのぶために来たという。あやめはお悔やみと感謝の気持ちを示すためにどうすればよいのか、9年前から毎年同じ日に宿泊する夫妻の過去のデータを調べ、あることに気づく。(阿部暁子著「花明かりの宿」)

 ほか、母の遺品にあった絵はがきをたよりに伊勢の古い旅館を訪ねる女性(谷瑞恵著「楪の里」)など、旅館を舞台にした作品で5人の作家たちが競作したアンソロジー。

(集英社 704円)

「こどものころにみた夢」角田光代ほか著

 私は夫と、避妊手術を終えた飼い猫のこはるを迎えに行く。家につくと、夫は用事を思い出したと再び外出。キャリーバッグから出たこはるは、窓辺の座布団の上に座った。

 その姿を見ていた私は、幼い頃にも猫を飼っていたことを突然、思い出す。アパートの庭に迷い込んだ子猫を母が保護したのだ。しかし、ある日曜の朝、私が目覚めると猫はいなくなっていた。母は飼えなくなったから引き取ってもらったという。

 その年の夏、骨折して入院した私はベッドの上で、猫はお父さんが投げたのだと気づく。なぜなら、お父さんは泣き声がうるさいと私のことも階段から投げたからだ。私は入院中に何度も見た夢のことを思い出す。(島本理生著「さよなら、猫」鯰江光二画)

 ほかにも、ウエスタン帽の男の夢を見続ける女性を主人公にした「男」(角田光代著 網中いづる画)など、夢をモチーフにした人気作家の作品とイラストレーターとのコラボレーション12作を収録。

(講談社 880円)

「家族」中島要、志川節子ほか著

 女流作家がさまざまな「家族」のかたちを描く人情時代小説集。

 元産婆のお千代は、眠れぬ夜、長屋でちりめんの端切れを使って梅の花に仕立てる「つまみ花」を作る。何もかも忘れて無心になれるからだ。器量を見込まれ米問屋に嫁いだお千代だが、生まれた子が死産。奉公人が夫の子を身ごもり、お千代は自ら家を出たが、帰るところはもうなかった。産婆の住み込みとなり、技術を覚えたお千代は、評判の産婆となったが、取り上げた赤子の死をきっかけに、自分が死産した30年前に心が戻ってしまった。以来、産婆の仕事に手がつかなくなり、長屋の店賃の支払いにも行き詰まりそうだ。そんなある大雨の夜、お千代は長屋の木戸口に倒れていた若い女を見つけ、自室で看病を始める。着替えをさせると、女の体中に新旧の打ち身痕が残っていた。(和田はつ子著「春北風(はるならい)」)

 ほかに、生き別れの母と息子の13年ぶりの再会を描く「雪よふれ」(藤原緋沙子著)など、6作を収録。

(朝日新聞出版 902円)

「あなたの涙は蜜の味」細谷正充編

 教員の美穂が勤務する小学校に、番組収録のため国民的アイドルの佑がやってきた。佑は卒業生で、図工担当の美穂は授業を受け持ったこともあり、彼の弟の担任だったこともある。しかし、記憶に残る小学校時代の彼は地味な性格で、あまりパッとしない子だった。6年生のときに運動会の入場門を作る係になった佑が助けを求めてきたことがあった。柱を黒に塗りたいが、担任に反対されたという。美穂の賛成を得て、出来上がった入場門はとてもセンスが良かったのを覚えている。

 撮影終了後、佑が美穂に話しかけてきた。あのときのお礼を言われるのかと思った美穂だが、会議室で向き合った佑は、笑顔のまま思ってもいなかったことを言い出す。(辻村深月著「パッとしない子」)

 ほかにも、義母の友人が家に出入りするようになってから家族の運勢が好転していることに気づいた主婦のある決断を描く「福の神」(宇佐美まこと著)など、読了後に嫌な後味が残る女性作家によるイヤミス7作。

(PHP研究所 924円)

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