「M-1はじめました。」谷良一著/東洋経済新報社
「M-1はじめました。」谷良一著/東洋経済新報社
読み終わった瞬間に思ったのは「コレ、Netflixで映像化してもらいたい」ということだった。何しろ、「プロジェクトX」的なのである。著者は1981年吉本興業入社。バリバリのマネジャー業・テレビ制作などをしていたが、2001年段階では閑職にあった。そんな時、突然「ミスター吉本」の異名を取る常務から呼び出され、漫才を盛り上げるよう指令を受ける。
当時、漫才はお世辞にも盛り上がっているとはいえず、コントの方が芸人には人気が高かった。そこからガチ勝負の優勝賞金1000万円の漫才大会を企画し、これが「M-1グランプリ」と呼ばれるようになる。
今でこそ「一夜にして人生が変わる」などといわれる大会だが、スポンサー探し、中継してくれるテレビ局探しに難儀する様子が描かれる。
M-1の誕生は島田紳助氏の楽屋を訪れたことがきっかけだったと描かれているが、これがまず一つのドラマである。ゴーマンなテレビマンが登場して、むげな対応を取ったりもする。
〈「それでそれは誰が出演できるの? さんまとかダウンタウンは出るの」 まるで初期に東京のキー局に売り込みに行った時のような基本的なことを聞かれた。中身については何も知らないようだった。(中略)「こんな番組なんか、こっちはいつでもやめられるんやで」Yさんはぼくをにらみつけるように言った〉
当然、中川家や松本人志、チュートリアル、おぎやはぎ、ますだおかだといった現在のテレビ界で活躍する芸人は登場するわけで、彼らが表では出さない表情や言動も明かされる。サラリーマンの奮闘と人気者の活躍の両方が見事にミックスした形の展開が続く。
だから、これは映像で見たいと思ったのである。実際に当事者が登場して当時を振り返るドキュメンタリーの部分と、キチンと制作費をかけ、実力派俳優が登場人物を演じるパートがあってほしい。そして、実際の本戦の映像も登場する。22年も前の話のため、権利関係のクリアが難しいかもしれないが、この一大プロジェクトを成功させた著者・谷良一氏ならば実現可能なのでは。
本書ではもう「時効」であろうこともバラされている。
〈1回戦から2回戦に進んだのは317組で、全体の23%ほどだった。最終的に総エントリー数は1603組だから19%ではないかと言われるかもしれないが、これには訳がある〉
と書いてから、実は本当は約1350組の応募だったことをバラすのだ! さすがお笑いのプロである。 ★★★(選者・中川淳一郎)