「無人島、研究と冒険、半分半分。」川上和人氏
「無人島、研究と冒険、半分半分。」川上和人氏
本州から南におよそ1200キロ、火山列島の最も南に位置する南硫黄島。半径約1キロ、標高は約1キロで、平均傾斜45度という急勾配を持つ天然要塞のような無人島である。本書では、この島の調査隊に加わった鳥類学者が、過酷な研究と冒険の記録をつづっている。
「南硫黄島には類いまれなる魅力があります。それは、人が定住した歴史がなく人為的な攪乱を受けていないことから、原生の生態系が維持されていること。日本の島の多くは過去に人間の影響を受けてきましたが、南硫黄島は周囲を崖で囲まれ、平地もなければ川もないという環境で、人間を寄せ付けなかったのです」
島の山頂まで含めた調査は過去にわずか4回。著者はそのうち2007年と17年の2回、調査隊に加わっている。
南硫黄島の山頂には、世界でここでしか繁殖していないクロウミツバメが数万つがい生息しているという。そして、夜には黒い鳥が降り注ぐように一斉に帰還してくるというから想像を絶する。
「彼らは光に誘導される性質があり、私の頭につけたヘッドランプ目がけて四方八方から突っ込んできました。身の危険を感じるレベルですが、こんな経験ができるのは南硫黄島だけ。何てハッピーなんだろう! と喜びを噛みしめました」
これだけ無数に繁殖していれば、当然多数の死体もあるが、これも研究者にとって天国そのものだったと著者。鳥の形態計測などを行うためには鳥を捕まえなくてはならないが、長時間触りまくるわけにもいかない。
「死体は文句ひとつ言わないので、私は生きている鳥より死んでいる鳥の方が好きですね。別に変態なのではなく、研究者はそんなもの。死体をザックに詰められるだけ詰めて帰りました」
南硫黄島には人間の暮らしがなかった分、ネズミやネコなどの死体の分解者も生息しておらず、山頂は思いのほか涼しい。そのため死体が腐るスピードも遅く、状態のよいおびただしい数の死体と出あえたという。
深呼吸したら口から胃に至るまでハエが
ただし、大型の分解者はいないものの、ハエはいる。無数の鳥の死体が、その何百倍、何千倍のハエを培養していたというからゾッとする。
「鳥類調査をしたある夜、深呼吸したところ口や気管、胃に至るまで一気に不快感に襲われ盛大にむせたことがありました。その原因は、お察しの通りハエを吸い込んだことです。それも尋常ではない数で、周りの空気100%がハエだったほど。さすがにあれは参りましたね」
本書では北硫黄島の調査についても紹介。この島には戦前、わずか50年ほどだが人が住んだことがあり、このとき一緒にクマネズミが侵入。南硫黄島では繁殖している海鳥が、北硫黄島では絶滅しているという。
「南硫黄島でも2007年と17年で外来植物の増加という変化が見られました。小笠原の無人島ではネズミなど外来生物の根絶事業が進み、海鳥が増加し島を移動する個体も増えたようです。結果、体に外来植物の種子をくっつけて南硫黄島にやってくる海鳥が増えたことが予測できます」
生態系のバランスの繊細さを教えられる本書。第5回も予定されているという調査の結果も知りたくなる。
(東京書籍 1760円)
▽川上和人(かわかみ・かずと) 1973年生まれ。東京大学農学部林学科卒業。森林総合研究所鳥獣生態研究室長。小笠原の無人島を舞台に鳥を研究。著書に「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」などがある。