「女の氏名誕生」尾脇秀和著
「女の氏名誕生」尾脇秀和著
就任以来、朝令暮改的な発言が目立つ石破自民党総裁だが、選択的夫婦別姓問題もそのひとつ。総裁選では賛成姿勢を示していたが、就任後は「個人的な見解を申し上げることは差し控える」と言及を避けた。明治政府が「夫婦同氏(姓)」を定めたのは明治31(1898)年。それが現在まで継続されているのだが、実は、女性は結婚後も実家の姓を名乗るべきという「夫婦別氏(姓)」派と激しい論議が交わされた上で制定されたのだという。女性の氏名に関する歴史をたどった本書には、「へえー」とうなずくような多彩な知見が披露されている。
毎年、「生まれ年別名前ランキング」が発表されているが、女性の場合、戦後しばらくは「~子」と子がつく名前が多数だったが、昭和の末期には語尾に「エ、ミ、カ、オリ」のつく名前が優勢になり、平成に入ると「美咲、明日香、萌」など多様になる。
そして現代は陽葵、咲茉、瑛愛、心愛などの「読めない名前」が増加しているという。
それに対して江戸時代は、おとみ、おつる、おきよといった、お+2音節の名前が圧倒的多数だった。この「お」は、人別帳などにおをつけて記されるので名前の一部といえるが、自分の名を呼ぶ場合はおを省くので接頭語と見なすこともできる。その辺は自在で、表記もお富、おとみ、おトミと一定していない(そもそも自ら字を書ける女性は少なく、親や役人が代わりに書くのだが)。
つまり、音としての「オトミ」がその人の名前であり、そこに名字を冠するというのは極めて少数で、オトミがフルネームだというのが、江戸時代の女性名についての「常識」ということになる。
それが近代になって国民すべてが氏名を有することになり、表記も「澤か沢か」を区別し、一定したものでなければならないことになった。女性のみならず名前というものが、どういう意味を持つのかを考えさせられるさまざまな問いをはらんでいる。 〈狸〉
(筑摩書房 1320円)