あんず文庫(大田区・山王)室生犀星や大江健三郎の文学棚、「食」括りの棚まで目移りしまくり!
吉祥寺に絵本専門の「あぷりこっとつりー」、ここ大田区内には玄関前にあんずの木が茂る海外絵本の店があった。古本屋とあんず、そして絵本は相性いいのねと思いながら、大森駅からとことこ歩いてやってきた。
7.7坪の店内に入ると、面陳列の町田康「くるぶし」、山本英子「キミは文学を知らない。」に迎えられ、こちらは文学色を帯びた本屋さんだと拝察。
「うちの『あんず』は、室生犀星の作品名からです」と、店主の加賀谷敦さん(31)がおっしゃり、右手に目をやれば、犀星の詩集や童話集、孫の室生洲々子著「をみなごのための室生家の料理集」などがずらり。店名は、長編小説「杏っ子」かららしい。
「明るくない青春を送った私が、本や人の縁に導かれて、なんとか古本屋になりました……」
新卒で入った印刷会社を早々に辞め、「レールから外れた」感覚で旅また旅の暮らしを。青森の古本屋の主人に、犀星の弟子だった伊藤人誉著「馬込の家」をすすめられ、家に帰れば自分の本棚に犀星の詩集を見つけて「買った頃は刺さらなかったが、今は刺さる」と読んだ。函館の飲み屋で、袖すり合った人が身の上話を聞いてくれたりもした。気持ちが好転し、「古本屋と小さなバーを自分でやろう」と思うようになり、「夜勤バイトで軍資金を貯め、公的機関からも借金し26歳でこの店をオープンさせた」って、偉い!
店の奥には4席のバーも
そう。奥には4席ほどのバーがある。そこへ行き着く前に、店内を一回り。「(大学は)仏文でした。近代文学も読んできました」の加賀谷さん自身が反映された棚だ。私が手に取った本を列挙すると「世界をおどらせた地図」「エジプト学」「ふしぎなイギリス」「パリの片隅を実況中継する試み」。大江健三郎らがスタンバイする日本文学棚に着くまで、小一時間かかってしまうじゃない。ましてや世の東西を問わない「食」括りの棚があり、そこに宮沢賢治も潜んでいるから、目移りしまくりである。
あ。大切なことを書くのが最後になった。ここは、室生犀星、宇野千代、尾崎士郎、和辻哲郎ら文士・芸術家が暮らした、かつての「馬込文士村」にほど近い。取材後にバーでハートランドを飲む。隣席した常連たちと言葉を交わし、「この店を拠点に、新たな文化村ができようとしている」と膝を叩いた。
◆大田区山王2-37-2 パセオ山王101/℡03.6451.8292/都営浅草線馬込駅から徒歩13分、JR京浜東北線大森駅から徒歩15分/14~21時、月・火曜休み(12月31日~1月7日休み)
わたしの推し本
「昔日の客(新本)」関口良雄著
「1978年まで大森にあった古書店『山王書房』の主人が書いた随筆集の復刊本です。そうそうたる文士たちが山王書房に来て、交流があったことなどが、上質のユーモアをまとって描かれています。私は自分が本屋を開く前から読んでいましたが、開店準備をしていたある夜、とんとんと扉を叩く音。開けると、『カフェ 昔日の客』をなさっているという著者の息子さんで、『あの伝説の古本屋の?』と驚きました」
(夏葉社 2420円)