いま死ぬことがすべての終わりではない
34歳のFさん(女性)は子宮筋肉腫で肺と肝臓にも転移がありました。友人である医師からの依頼でC病院のホスピス病棟にいるFさんを訪問して3回目の時のことです。
「先生、聞いてくれますか?」
鼻に酸素吸入のチューブを当てながら、Fさんが話し始めました。
「私は、もうやりたいこともできなくなりました。俳句を作るのもやめ、あれほど好きだったシューベルトの曲を聞いても、遠くでただ音がしているだけになってしまいました。昨夜は自宅に戻って過ごしましたが、私のベッドで眠っている娘の頭をなでながら、この娘をおいて死ねない、今のこんな幸せな時間がこのままずっと続いてくれるようにと思いました」
さらにFさんは、角川春樹さんの句集「白鳥忌」を手にしながら、この本に「人間は二度死ぬと言われている。一度目は文字通り本人が臨終を迎える時であり、二度目は死者が誰からも忘れられる時である」と書かれていることを思い出し、いま一度目は死んでも、二度目に死ぬまでは自分は娘の中で生きようと思ったといいます。