「子供を入院させられない」母親がそう言わざるを得なかったのは…
医師としてスタートを切ったばかりの頃、私はあらゆる患者さんにおいて、病院に入院して治療することが最良であり、一番安心できることと信じていました。よって私たちは素晴らしい医療をしているという思い込みがありました。
それが経験を重ねるにつれ、入院すること自体が困難な患者さんが思いのほか、たくさんいることを知るのです。
今回は、私が在宅医療の可能性に目を向けるきっかけとなった患者さんとご家族のお話をしたいと思います。
それは、私の知人で看護師の女性でした。ある日、彼女の3歳の息子さんが深い熱傷(やけど)を負い、私が勤務していた病院へ救急搬送されてきました。お母さんが夕飯の準備でちょっと目を離したすきに、出来上がったばかりの味噌汁の鍋を子供が倒してしまい、熱々の味噌汁をもろにかぶってしまったのでした。やけどの範囲は首から肩にかけてで、かなり広範囲にわたっていました。
ただ、幸いにも全身状態に問題はありませんでした。私はお母さんに、「入院しながら2種類の軟膏を使って傷を清潔に保ち、毎日ガーゼ交換をしましょう」という治療方針を提案したのですが、彼女は「入院はできない」と言います。