無名の高卒新人・野茂は文句ひとつ言わないタフさがあった
こうして迎えた89年5月、キューバを日本に招いて親善国際大会を行った。日本にとって初のキューバとの親善試合。バルセロナ五輪から野球が正式種目になり、当時、世界最強だったキューバを呼んで、キューバの野球を日本中の人たちに見てもらいたかった。勝って金メダルを獲得するためにも、まずは選手や日本球界の人たちがキューバ野球を知る機会をつくりたかった。
第1戦の東京ドームを皮切りに、西武球場、グリーンスタジアム神戸、千葉県営球場と転戦し、5戦目の最終戦に再び東京ドームで戦った。監督としての初陣となった第1戦の先発に、私は日本のエース格だった野茂ではなく、代表初選出の与田剛(NTT東京)を起用した。周囲は初戦は野茂だろうと見ていたはずだが、この起用にはある理由があった。 (つづく)