バッハ会長と菅総理が確認した「東京五輪開催」の同音異義
アマチュアからプロに移行し、技術革新によって放映権という打ち出の小槌を獲得し、オリンピックは階級や地理的ハードルを乗り越え文字通り世界の祭典になった。鳥人ブブカも皇帝ゲブレシラシエもウサイン・ボルトも、この流れから生まれ出たヒーローだ。オリンピックは実に巧妙に時代に合わせて様変わりし、同時に巧妙にその精神を残した。コスモポリタニズム(汎世界主義)であり政治介入の排除だ。
■政治経済まみれ
雑多な思想信条が入り乱れ、罵り合い、殺し合う地球上の、4年に一度の融和の舞台……オリンピックは金に換えられない機能を持ち、いくら観念的といわれようと、ニュートラルな〈場〉を持ち続けるというクーベルタンからの理念は根底で変わっていない。
バッハ会長が来日して念を押した「東京開催」はその理念だ。では、安倍前首相が「福島はアンダーコントロール」と宣し、8月の東京はマイルドな気候と偽り、リオの閉会式でスーパーマリオに扮して世界を招いた東京大会に理念はあっただろうか。政治経済まみれではなかったか。