「『湖』を『うみ』と読ましてもええんか」師匠の思いと弟子の力で読ませるしこ名
読みやすさや分かりやすさは大事だが…
北勝海も初めは「キタカチウミ」などと呼ばれた。漢字には常用漢字表の音・訓以外に人名で定着した人名訓と呼ばれる読みがある。和、孝など相当数に上り、勝は「とう」、海は「み」と読むようなので「ほく・とう・み」なら読めなくもない。現に弟子の北勝力(現谷川親方)は「ほく・とう・りき」だが、北勝を「ほくと」と読むのは無理があるといわれたものだ。
大鵬の「鵬」は中国の「荘子」に出てくる空想上の巨鳥のことで、難読とは違うが、それまで日本ではなじみのない字だった。本人も「最初は『大砲』かと思った」そうだ。
しこ名を考える時、読みやすさや分かりやすさは意識することの一つではあるが、時には師匠や名付け親の思いが深くて戸惑いを招くこともある。
現役の関取衆では阿炎、阿武咲、美ノ海、天空海あたりが、大相撲ファンでないと「あび」「おうのしょう」「ちゅらのうみ」「あくあ」と読めないしこ名だろう。多くの人に読まれる存在になり、相撲史に刻まれ、弟子たちのしこ名としても残るようになれば、さしずめ「しこ名訓」か。
八角親方は改名当時を「私が強くなって、小学生にも北勝を『ほくと』と読ませてみせます、なんてえらそうなことを言ったんだよね。そのくらい気力も馬力もあった」と回想した。
▽若林哲治(わかばやし・てつじ)1959年生まれ。時事通信社で主に大相撲を担当。2008年から時事ドットコムでコラム「土俵百景」を連載中。