川合俊一らと男子バレー“御三家”だった井上謙さんは「発達障害の息子のおかげで学んだ」
さて、広島市出身の井上さんは中学のときバレーを始め、85年、順天堂大学卒業後、強豪・日本鋼管入社。同年、全日本入りし、サウスポーのセンターとして88年のソウル五輪などで活躍した。
「でも、五輪では当時、史上最低の10位。メダルを期待されましたが、僕らの実力ではかなり難しいとわかっていたので、納得のいくまで直前練習をやり込んで臨みたかった。今回のパリ五輪の全日本チームは勝負強くて、本当にメダルが期待できました。結果は残念でしたが、選手たちが積極的に海外リーグへ出て力をつけ、フィリップ・ブランという世界的監督が中垣内(祐一)前監督から引き継ぎ、選手の力をうまく引き上げ、日本の良さを生かした戦術・戦略をつくり上げたからこそ、だと思います」
井上さんは選手としての実力に加え、キュートなルックスでアイドル的人気を獲得。現在、タレントとして活躍する川合俊一、そして熊田康則元選手と“御三家”といわれた。
「川合君は人付き合いがマメだし、調整能力が高い。バレー愛が人一番強く、2年前に日本バレーボール協会の会長に就いたとき、ラインで『良かったね』と連絡を入れたら、『がんばるよ』と返事が来ました。熊田君は所属企業を早期退職し、神奈川の中央林間で居酒屋を経営後、4、5年前に那覇へ移住し“自由人のように過ごしている”ようですよ(笑)」
東京都内で、リズム体操指導団体を主宰する夫人と、地域の作業所勤務の長男、夫人の89歳の母親と4人暮らし。
(取材・文=中野裕子)