マニアックに本とつきあう楽しみ5冊
「書き出しは誘惑する」中村邦生著
電子書籍なんて問題外。あくまで紙に印刷された活字にこだわる本フェチともいうべき人たちは独特の嗅覚で本屋を選び、論理もしくは妄想を駆使して本を読み、増殖する本の世界に耽溺(たんでき)している。彼らに倣って本とのつきあい方をちょっとマニアックに変えてみると、あなたの目の前にめくるめく本の世界が開けるだろう。
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お笑いの「つかみ」と同じで、書き出しが面白い作品は、つい引かれて読み始めてしまう。例えばあのカフカの「変身」は、こんなふうに始まる。
「ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ましたところ、ベッドのなかで、自分が途方もない虫に変わっているのに気がついた」(池内紀訳・白水Uブックス)
著者は他の訳でも、ザムザが虫に変身したことに「驚いた」のではなく、「気がついた」になっていることに注目する。驚かなかったことこそが「異変」であって、ザムザが驚くのは目覚まし時計が鳴らず、寝過ごしたことである。ザムザの関心は日常的な習慣にあり、それがこの小説の非凡さなのだ。
見過ごしてしまいそうな箇所への、読み巧者の著者のスルドイ指摘に、読んだはずの本をもう一度読んでみたくなる。
(岩波書店 840円+税)
「正しい本の読み方」橋爪大三郎著
本は人間関係と同じで、単独で存在しているのではなく、その本を生みだした親や兄弟のようなものがつながってネットワークをつくっている。その「ネットワークの節目」になる本を読むことが肝要なのだ。
最初は自分が掘り下げてみたいと思った分野の入門書から入るが、次に、入門書に出てきた重要そうな本を読んでみる。そうやって自分なりの旅を始める。しかし、一人で旅をするより、本について教えてくれるよい友人を見つけたほうがいい。
何人かで探索したほうがずっと広いエリアをカバーできるから、重要な本が引っかかる可能性が高い。そういう友人をつくるのが難しかったら、読書サークルに入るという手がある。読書会では、必ず1回は発言することがマナーである。
知を極めたという満足感が得られる読書のコツ。
(講談社 780円+税)
「無限の本棚」とみさわ昭仁著
野球カードなどさまざまなものを収集した著者がたどりついたのは、「変な本」の収集だった。2012年10月、妻が残してくれた生命保険金で、著者は神保町の交差点から徒歩1分の地に「マニタ書房」を開いた。エレベーターのないビルの4階で、流行からズレた本を「愛国」「毛」「刑罰」「埋蔵金」などに分類して並べている。「こんな本、他で見たことないよ!」と驚いてほしいのだ。だから客からの本の買い取りはせず、すべて自分で見つけた変な本だけだ。
仕入れ先はブックオフ。一見、どうってことのない「100円均一」の雑本の中に珍妙なにおいのする本が眠っている。仕入れ目的だったのがいつしか全店制覇が目的となり、「日本全国ブックオフ全支店リスト」を作ってしまった。
「変な本」を探す楽しさが満溢された一冊。
(筑摩書房 860円+税)
「本を遊ぶ」小飼弾著
大前研一によると、自分を変えるには、場所、時間の使い方、付き合う相手を変えるしかないという。この3つに該当するのが本を読むという行為だ。
本を読むことで、違う場所に旅立つことができるし、SNSに費やす時間を読書に充てて、時間の使い方を変えられる。
そして、今までと違うジャンルや著者の本を選ぶことで付き合う相手を変える。
同じ著者の本が本棚の3割を占めていたら危険! ものの見方が限られてしまうので、どんどん浮気をしよう。現実逃避をしたいときは、妄想力でその世界に没頭すべし。ベストセラーに「読まれない」ために「ミリオンセラーを読むのは10年待て」。
ライブドアのCTOを務めた著者が、技術革新の時代を生き抜く、「ゼロから考えられる自分」をつくる読書法を伝授する。
(朝日新聞出版 680円+税)
「本で床は抜けるのか」西牟田靖著
並んだ背表紙を眺めながらアイデアをひねるのは本だからこそ可能だが、あまりに大量だと問題がある。仕事場として借りた木造アパートの床が本の重みで抜けるのではないかと心配になった著者は、新聞記事をグーグルで検索した。目白の築30年以上のアパートで、新聞、雑誌の重みで2階の床が抜けて下の部屋に落ちた事件があった。床の崩壊直後、新聞、雑誌は1階の天井の1メートル上まで積み重なっていた。
その下からうめき声が聞こえる。蔵書と一緒に落下してその下に埋もれていた2階の住人は、レスキュー隊が蔵書をバケツリレーでかきだして、2時間後に救出したという。危機感をもった著者は、本をスキャンして電子化することを考えるが……。
大量の蔵書と暮らすという難問に立ち向かった悪戦苦闘の体験記。
(中央公論新社 800円+税)