「戦時下の大衆文化 統制・拡張・東アジア」劉建輝、石川肇編
2019年10月現在、海外在留邦人は約141万人。対して、1945年前半にはおよそ200万人が中国大陸へ移住しており、これに100万人以上の軍人・軍属を加えると、当時の7000万人の国民人口中、20人に1人が中国渡航体験者という計算になる。となれば、戦時中の日本の大衆文化を論じる場合、こうした「外地」の存在を無視しては語れない。
本書は、その「外地」を中心に展開された文学、歌謡、映画、マンガ、商業広告、建築、旅行、ファッションなど、多様な視点から検証した論集。
冒頭の石川肇「新たなる『大衆文学』の誕生」は櫻田常久の「従軍タイピスト」(1941年)という小説を紹介している。北京の北西に位置する張家口に新設した兵団でタイピストとして働く18歳の女性が主人公。戦地における過酷な仕事の末、主人公は赴任後2年足らずで死んでしまう。こうした働く女性の姿を描いたものは珍しく、しかも実在の女性をモデルにしたドキュメントでもあり、ジェンダー文学としての視点から新たに読み直されるべきだろう。
その他、兵隊の心情と小道具(たばこなど)から戦時歌謡を分析し(細川周平)、映画界に旋風を巻き起こし「ラッパ」と呼ばれた永田雅一と15年戦争の軌跡を論じ(山口記弘)、田河水泡と阪本牙城のまんがと満蒙開拓青少年義勇軍の関係を論じながら、国策動員の一例を見ていく(大塚英志)。
さらに、チョコレート、キャラメルといったお菓子の広告における子供像を手がかりにした帝国主義的な広告戦略、満洲旅行のツアーを積極的に推し進めた日本旅行社をモデルにした戦争とツーリズムの問題、大連で創刊された女性ファッション誌など、大衆文化の国策動員の動向が分析されている。
現在も、方法は変われど、何らかの目的を秘めた「煽動」「動員」は行われている。そこで足をすくわれないためにも、本書の事例は有用だ。 <狸>
(KADOKAWA 2750円)