2年間続いた腹痛…超音波検査の結果はいつも異常なしだった
祖父、伯父と叔父、母と、母方の家系を立て続けにがんで亡くし、「いつかは私も」という覚悟をしていました。がん保険には20歳の時に入りましたし、普段から後悔のない生き方をしてきた。モデルもその一つです。北海道に住んでいた短大時代に街中でスカウトされたんですが、その時は「親に反対されるだろう」という思いもあって、お断りしました。その後も、スカウトの方から何度かお誘いをいただいていたのですが、モデルの世界に進むことは考えていませんでした。
「モデルをやろうかな」と思ったのは、上京した29歳の時。モデルのことがずっと頭にあったんです。インターネットで事務所を探し、自らオーディションを受けに行きました。2014年12月に見つかった大腸がんで活動中断を余儀なくされましたが、それまでは主にランウエーショーに出てましたし、モデル復帰した翌年5月からはメインの仕事を広告に変え、さまざまな媒体に出演していましたね。
がんの中で私が気にしていたのは、子宮と卵巣。生理がすごく重く、母のがんが子宮体がんから始まっていたからです。だから、思い立ったときに病院へ検査を受けに行っていました。20歳で子宮内膜症と診断され、後に卵巣嚢腫だったと分かり、24歳の頃に手術を受けています。