寝たままの母の口に無理に食事を押し込んだこともあった
書店でレシピ本を買い求め料理と格闘するが、うまくいかない。料理途中で食材をゴミ箱に捨てたこともあった。
食事の宅配も利用したが、問題は、母親の食事介護である。母親を椅子に座らせ、安倍さんは箸やスプーンを利用して食べ物を口に運んであげた。
時々、母親は体が不自由になったショックで、ベッドから起きる気力も失うことがあった。食卓につかせようとするが、むずかるしぐさをする。
「私の頭は仕事のことでいっぱい。もうコンサート会場に向かう時間が迫ってきます。私は心を鬼にしまして、寝たままの母親の口に、無理に食事を押し込んだことがありました。今振り返ると、可哀想なことをしてしまったなと……」
食事介護も一苦労だが、入浴やトイレの介護でも安倍さんを泣かせた。
安倍さん親子が住むマンションは、浴槽が深い。細い体の安倍さんは、腕に目いっぱいの力を加え、赤子を抱くように母親を抱きかかえて、両足からゆっくりと入れた。きつい介護作業である。背中を流し、浴槽から母親を出す時は、不手際を考慮し、まず浴槽のお湯を抜いてから体を持ち上げたという。トイレの介護もまたそうである。抱えてベンチに座らせた。でも、安倍さんがコンサートなどで地方に行き、自宅を留守にする時はどうしたのか。
「不憫に思いましたが、リハビリパンツを何枚も重ね着して、母親に我慢してね、とお願いをして家を出ました」
帰宅すると安倍さんは、自らの着替えなどを後回しにして、まず母親の下着を取り換えた。